共同通信の記者が、さかんに失敗したと質問し、物議をかもした出来事があった。
記事ではあえて失敗としたが、こういうのはフラグになるとどこかで思っていた。
上手く打ち上げられ、「見たか!共同通信!」と盛り上がる様子が想像できた。
ところが、結果的に2段エンジンがうまく機能せず、打ち上げは失敗に終わった。
この失敗を「本当の失敗」と称し、こういうのを失敗と言うんだ!と自虐的なツイートも見受けられた。
失敗を殊更強調するな、日本の印象を日本人が下げる「日本下げ」をするななど色々な意見がある。
ただ、事実をしっかりと受け止めると、クリアすべき課題はなかなかに根深いことが言える。
陽はまた昇るという言葉が好きだし、同名の小説も自分は好きで読んでいた。
太陽は時間が経てば勝手に昇り、勝手に沈むが、この場合の陽は相当な苦悩やお金、経験などがないとそう簡単には昇らない。
前回も書いたが、H2ロケットで失敗した時、複数の宇宙系組織を統合させてJAXAが作られている。
組織再編を行うに至るまで、あの出来事は相当由々しきことだったと言える。
今回もそれに匹敵する失敗だったと考えるべきだろう。
JAXAの組織改革がいるかどうかは別にして、予算を目いっぱい増やすかどうかの議論はするべきだろう。
だいち3号をH2Aロケットで確実に飛ばせばよかったという意見もあるが、H3ロケットであれば100億円ほど浮くと言われている。
100億円をケチったがあまり、こんな事態になってしまったという事実が残念でしかない。
初号機、まして試験機が失敗するのはよくあることなのは間違いない。
だとしたら、なぜ災害時にも役に立つだいち3号をそこで投入したのか。
潤沢な予算があれば堅実な選択肢があったはずである。
日本はものづくり大国であると本気で思っており、技術者のレベルが下がったとは一切思わない。
しかし、創意工夫で予算不足を克服しようとしても限度がある。
今回の打ち上げをJAXAの配信で見たが、同時接続が10万人を超えていた。
現地では宇宙が好きな子どもや青年が多く足を運び、ロケットに携わった部品製造業の人たちも見守っていた。
打ち上げで、よかった!という声が上がり、しばらくして打ち上げ失敗がわかり、落胆する人がどれだけいたか。
子どもには少々残酷で、青年からすれば非常に悔しく、屈辱的な出来事だったかもしれない。
ものづくりに携わる人たちは、その無念な結果に自分の事のように悔しいはずだ。
自分が望むのは失敗の検証もそうだが、予算をかけてまで取り組むべきなのか、このままでいいのかを議論することである。
今ある予算でやるしかないのか、明らかに少なすぎるので潤沢にしていくのか、それで増税になってもかまわないのか、それを議論にすることだ。
ものづくり大国として、このままというわけにはいかない。
そんな看板はいらないと言うなら話は別だが、それを望む人はかなりの少数派ではないか。
ものづくり大国の看板を守り続けるため、宇宙に限らず、もっとやれることがあるはずだ。
単なる失敗で終わらせることは絶対にあってはならない。