WBCがいよいよ始まる。
栗山英樹監督の人脈や人徳もあってか、大谷翔平、ダルビッシュ有などビッグネームが揃った。
WBCの話題も、大谷のホームランなどで段々と盛り上がりを見せてきた。
最近はテレビを持っていない人も増えたからか、ネットでもWBCが見れるようになっている。
AmazonPrimeでWBCが見れるので、自分も一応会員だから見ようと思えば見られる。
そのAmazonPrime、通称アマプラでのWBC中継が良くも悪くも話題のようだ。
実況がうるさい、喋りすぎ、ラジオのようだというものだ。
それもそのはず、実際に実況しているのは文化放送アナウンサーの斉藤一美である。
元々スポーツ実況を20年ほど務め、一度は帯番組を担当するため、実況から退き、1年前に復帰している。
Wikipediaを見る限り、明らかに熱い人、感情が高ぶりやすい人といったところで、実況がうるさい、喋りすぎという話も納得する。
一方で、面白いという声もあり、いわゆる賛否両論というやつだ。
記事にはAmazon側が起用した理由も書かれているが、一応のリスペクトは感じられる。
個人的に思うのは、ラジオとテレビの根本的な違いがある。
代表的なケースは競馬中継である。
ラジオNIKKEIでの競馬中継は場内でも流されるが、基本的にはラジオで流すために実況を行っている。
中野雷太アナなどもラジオで聴いて、レースの状況が分かるように心掛けていると聞いたことがある。
だから、すべての馬を言うことを基本にし、馬の脚色などを踏まえて実況しているそうだ。
それができないと先輩アナウンサーやリスナーから叱責を受け、パワハラみたいなことになる。
映像がない中でいかに想像力を働かせ、描写していくか、そこがラジオの実況の難しいところだ。
だから、自然と口数は増えるし、表現も多彩になる。
斉藤一美アナも文化放送で長年実況をしてきたわけなので、当然といえば当然のスタイルだ。
一方、テレビは映像があるので、映像のままを見せればそれでいい。
杉本清アナはモニターで実況を行い、思うような映像が来なければカメラマンに指示を出す。
過去は双眼鏡で実況していたが、馬が追えずにめちゃくちゃになり、視聴者に指摘を受けたことでモニターでの実況になった。
自分はテレビで競馬や野球、サッカーなどを見る際は実況も何も聞かない。
実況や解説を聞かなくてもある程度分かるし、特に競馬はテレビで見る以上、実況なんかなくてもいい。
同じテレビで見るにも将棋や麻雀だと話は変わる。
見ただけでは何が起きているかわからないし、この後どんな展開があるか説明をうけないとチンプンカンプンだからだ。
将棋は1手5秒や10秒でない限り、実況は出てこないだろうが、麻雀はMリーグもあり、実況が当たり前になった。
要するに、説明されなくてもわかるのがテレビであり、そこにラジオの実況が乗っかれば情報の渋滞が起きる。
ゆえに、実況がうるさいと不愉快になるのは当然だ。
しかしながら、視聴者、特に酒を飲みながらテレビを見る人にとって、ずっと集中させるのは困難だ。
集中していなくても音声だけでわかるようにしてあげるのもまた、ある意味で親切と言える。
NHKの野球中継でも、解説者の勝負所を中継内で示すようになった。
その演出を嫌う人もいるが、ほろ酔いのお父様対策なのだから仕方ないと思った方がいい。
アマプラのWBC中継に関して、嫌なら音声を消して見ろというのが正解である。
趣味が悪い人であれば、斉藤一美アナを叩くために音声をつけて見るのも手だろう。
先日、谷原章介の失言について記事にし、お茶の間に共感を求める力、アジャストするスキルが足りないと指摘した。
これは野球の解説にも当てはまり、お茶の間が思っていることを話せる解説が人気なのだ。
サッカーでいつまでも松木安太郎が解説で呼ばれるのは、自分が思っていることを言ってくれたと視聴者が快楽に浸る機会が多いからだ。
逆に視聴者が思っていないことを言ってしまうと、不快な存在、ノイズとなる。
解説で里崎智也が人気なのは、里崎なら快楽に浸れると信頼されているからだ。
里崎智也のYouTubeチャンネルを見てるので自分は信用しているが、解説は聞こうと思わない。
自分は実況や解説に快楽を求めないし、よくぞ言ってくれました!と共感を求める気にもならないからだ。
快楽を与え、それを求めるのはAVを探してそれでヌくのとさほど変わらない。
自分はそういう快楽はAVで事足りているので、Twitterやワイドショーやスポーツ中継などで求める気はない。
では、このブログは何のために書いているかだが、単なる記録に過ぎない。
Twitterも日記のようなものなので、俺の意見が正しい!当事者に届け!なんて一切思わない。
中野雷太アナのパワハラ疑惑だって、本人の問題であり、本人に勝算があるなら自由にすればいいと思っている。
自分のことがすべて正しいと一切思えないからこそ、1つの視点を提示しているに過ぎない。
性欲が落ちても快楽には浸りたい人にとっての最適なコンテンツがワイドショーやスポーツ中継だとしたらそれは尊重したい。
斉藤一美アナの実況は悪い表現をすれば「特殊な性癖」であり、ノーマルな性癖の方には嫌悪感につながったのだろう。
1つの性癖でサルのようにしごける人もいれば、トラウマになり、嫌悪感や吐き気を覚える人もいる。
1人1人フェチが違うように、実況の好みもまた全く異なる。
そこに正しいとか間違いとかそんなものは存在しない。
正解が存在するとすれば、アマプラのWBC中継を無音で見ることだろうか。