違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


スポンサーリンク

M-1における島田紳助からのメッセージにサイレントマジョリティーは怒っていない?


スポンサーリンク

島田紳助の「いつまでもM1が夢の入口でありますように」というメッセージが出されたほか、松本人志が過去の映像で出てくるなど、ちょっとした話題になっている。

ネットで見る限りは、反社とのつながりが露呈して引退に追い込まれたことを取り上げて、「そんなやつのコメントを出すな!」みたいな意見が目立つ。

もっと言えば、2004年に女性マネージャーに暴行を働いて略式起訴されている。

島田紳助からのメッセージは、景気づけに放たれた番組サイドのボケで、ネットではそれにツッコミを入れるような感じに思えて仕方ない。

とはいえ、世間一般、サイレントマジョリティーは島田紳助を許しているというか、「そんなのいいじゃん面白いんだし」になっているような気がする。

面白い、強いなどの武器があると、多少の粗相は見逃され、被害者がいるものに対しても「被害者にも落ち度はある」みたいなことを言われやすい。

強ければ何をしてもいい、面白ければどんな人格でも問わない、そんな価値観が意外と大勢を占めているのではないだろうか。

だとすれば、島田紳助からのメッセージは世間では受け入れられているのではないかと思ってしまう。

 

ただ、「いつまでもM1が夢の入口でありますように」という言葉の意味に、少し疑問をぶつけてみたい。

そもそもM-1は芸歴10年以内の芸人を対象にした大会であり、芸歴10年までに決勝に残れなきゃ芸人を諦めた方がいいという趣旨で始められたことは有名。

そんなハートフルなメッセージが似合う大会だろうか。

だったら、第1回の、あのダークでピリピリした雰囲気はなんだったのか。

島田紳助が引退して丸くなり、考えを改めた可能性も十分にあるが、さすがにその可能性は無理筋か。

なので、そんなこと言うんだというのが個人的な感想である。

 

本当に面白い人、強い人は逆境に立たされた時の切り返しがうまい。

島田紳助はそれが異様にうまかった。

他人を追い込むのもうまいが、追い込まれた時にはぐらかして、とぼけるセンスがいい。

攻められてすぐにボロが出る人は本当に面白いとは言えないし、マウントを取り続けないと勝てない人は強くないと思う。

逆境で勝てる、それが本物の強さ。

無論、2004年に女性に暴行を働いて略式起訴になった時点で本来アウトなのだが。

強ければ何をしてもいい、そんな世界は遅かれ早かれ滅びるだろう。

でも、多くの人は不祥事を忘れている。

だから、ストレートに受け止め、ストレートに感動する人が多いように感じる。

それがけしからんとは言えない。

なぜならそれが多数派なのだから。

多数派の意見を自覚した上で、少数派かもしれないけれど持論を述べることが大事なのだ。

民意がすべて正しいわけではない。

時に間違うこともあるし、暴走してしまうこともある。

あれ?おかしいぞ?という感覚は常に持っていなければならない。


スポンサーリンク