ラランドが配信した「ネットニュースを量産しよう」は色々と面白かった。
ネットニュースになるようなことを、時にウソをつき、時に本当のことを書いてみたりしながら、色々仕込んでいく。
その結果、Xの投稿はどれもバズり、「スポーツブル」を筆頭にどんどんネットニュースの記事にしていった。
皮肉という点ではこれ以上の皮肉はないぐらいの仕上がりである。
ニシダが金髪にした様子をXにアップしているが、これはPhotoshopで加工した、雑なコラージュである。
コーラ18本目もそうだが、そんなことを記事にしてどうすんの?というのを、どんどん投げ、ネットニュース側が打ち返していく。
テレビでこんなこと言ってましたみたいな記事が目立っているが、そうした記事を「コタツ記事」と言う。
まぁラランドの動画を見て記事を書いているんだから、自分のこれもある種「コタツ記事」なのだが、メディアがそれをやるんだ…という違和感は段々と世の中に浸透してきたように思う。
もはやタレントや有名人の固有名詞を出さず、人気芸人とか大物タレントという抽象的な名詞+該当人物の顔写真サムネをワンセットにした記事が主流になっている。
これは自らのメディアのバリューの良さに胡坐をかいた、ある種の怠慢だと思う。
自分がつけた、今回の記事のタイトルは、【ラランドの「ネットニュースを量産しよう」を見て強く思ったこと】である。
これを昨今の流行りに寄せるなら、「高学歴芸人コンビがコタツ記事を痛烈に皮肉った件を語る」ぐらいなものか。
プラットフォームに大量の人がいることを前提としたタイトルの付け方である。
そりゃメディア側としたら「コタツ記事でええかぁ」と思うだろう。
それが見透かされ始めると、週刊文春のことを言えないくらい、信憑性が失われていく。
ただでさえ、自分の信じたいことだけを取り込みたい時代になっているのに、メディアが信憑性すら失えば余計に、気持ちよくなれる情報しか欲されない時代へとなっていくだろう。
一方で、そうしたコタツ記事がページビューを稼ぐ現実もある。
誰のことだろう?とついつい見てしまう心理も存在する。
それ自体は顔写真のサムネでおおよそわかるのだが、この人が人気芸人呼ばわりなの?と思うことが増えている。
2月9日のヤフーのエンタメカテゴリーを見ると、
【ベテラン芸人が上納疑惑に怒「10何年前の出来事を書かれて」「煽りを食らって炎上」】とある。
このベテラン芸人はカンニング竹山のことで、アッコにおまかせでの発言を記事にしたものだ。
【ベテラン芸人が】をカンニング竹山にすれば、【カンニング竹山上納疑惑に怒】で済む。
これはコタツ記事のパイオニア、複数のサイトを立ち上げてページビューを稼ぎにかかるデイリースポーツ、神戸新聞社系メディアから出ている。
運営元を見ると面白く、ここ最近見かけるようになったピンズバnewsは、運営元が双葉社。
週刊大衆を発行する出版社なので、週刊大衆をまじまじと読んで内容を鵜呑みにするかどうかという話である。
出版不況からページビュー狙いに切り替えることは仕方ないことで、一時期のサイゾー系もそうだった。
ネットニュースとは非常に軽いものなんだという認識はおそらく今後加速度的に広まるだろう。
では、調査報道に金を落とす人が増えるかとなると、こちらも増えないだろう。
週刊文春の誤報・訂正を巡る問題で、ちゃんと読み込んでいれば年明けから既に怪しかったのに、例の10時間会見に出ていた記者も、フジテレビ側も認識していなかった。
仮に読み込んでいれば、週刊文春の書いていることはあやふやだと主張できたり、別の話題から切り込めたりできたわけである。
有料部分ですら誰も読まない、それが現実なのだ。
良質なニュースを求めても、課金をするほどではない。
じゃあ広告収入で…となると、ああいうコタツ記事の量産は避けられない。
そして、自分が欲するニュースばかりを求めるようになる。
ニュースでいかに金を稼ぎつつ、質を確保していくのか。
このビジネスモデルを真っ先に見つけたところが、今後覇権を握っていくのだろう。