違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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ここ最近の連立協議に強く感じる事


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図らずも今の日本の政治は連立協議を行っており、ヨーロッパで見られるような光景が繰り広げられている。

例えばベルギーは比例代表制のため、政党がとても多く、連立交渉で難航することが多井。

過去には1年半も暫定的な政権が続いたこともある。

日本で同じことが起きたら大混乱だろう。

ベルギーにおいて、こうしたことは空白期間の長短こそあれど、よくあることだ。

私たちはこれをやってくれないと参加しない!とか言ってたら進むものも進まない。

思えば、日本においてヨーロッパで見られるような連立協議は1993年ぐらいで、ほとんどないと言っていい。

連立政権自体はあったが、元々枠組みが決まっていたり、選挙からそれなりに経過したりと、誰を首相にするかで議論されたケースは数えるほどしかない。

こうした議論が大事であると思っていたが、今回の流れを見ると、その思いは正しかった。

話し合いで決めていくことが民主主義において大事である。

妥協するところ、ここだけは折れないというところを決めて話し合いを行う。

時に泥水を啜ることもいとわない姿勢が欠かせない。

それができるのか、できないのか、そのあたりがはっきりしたと言える。

 

仮にここで決まっても、実際に進めていく中で「話が違うじゃないか!」という部分は必ず出てくる。

その都度、折り合いをつけて話し合いを進める中で、政治家の腕が問われる。

そういう経験を1人でも多くの国会議員ができることがとても大事なことだと自分は思う。

政治は混乱するし、猶予はないかもしれないが、柔軟に物事を決めるには避けては通れないことだった。

折れないことが強いのではない。

聞く耳を持ち、柔軟に対応できることが強いのだ。


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