違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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【新馬戦の真髄】血統は「足して2で割る」のではない|母親はメロディ・父親は歌詞であるという馬券哲学


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2年前にも書いていたが、現状も新馬戦において母馬の血統、実績が重要なのは変わらない。

既に門別などで新馬戦が始まっているが、実際に血統と実績だけを見て的中させている。

チェックすべきポイントは以下の通りだ。

  • 母馬が新馬戦で結果を出しているか
  • 母馬の現役時代の芝・ダート、距離実績
  • 兄弟馬の実績

この3つをチェックしておけば、基本的に買うべき馬は絞られる。

初めての産駒の場合はどうしようもないが、変に調教を見るよりもこの方が当たりやすい。

特にこの考え方がハマりやすいのはダートである。

芝血統なのにダートを使うケースや、地方に転出する中央頭打ちの馬などにも応用が効く。

芝の新馬戦では正直自信がないが、洋芝開催の札幌や函館なら狙えるかもしれない。

母親はメロディ、父親は歌詞である

音楽に例えるならば、母親の血統はメロディ、父親の血統は歌詞である。

演歌っぽいメロディに合うのは浪花節であって、横文字ではない。

ポップな曲調に合うのは現代に適した言葉であって、軍歌的な言葉ではない。

名曲はあくまでもメロディがいいから名曲なのであって、曲がダメなら歌詞が良くてもどうしようもないのだ。

時に一頭だけ化け物的な産駒が出てくるケースがあるが、音楽の世界でもミスマッチな組み合わせが怪物級の楽曲を生み出すケースがたまにある。

父親が短距離だから距離がどうか、みたいな考え方は痛い目を見る。

キタサンブラックの母父はサクラバクシンオーだから、長い距離は厳しいなんて声があり、馬主の北島三郎氏がこの声に反発していた。

しかし、キタサンブラックの母やその姉の実績、産駒の傾向を見るに、短距離特化という感じではない。

確かに母は短い距離での実績が目立つが、ダートや中距離でも勝利しているのだ。

血統は「足して2で割る」のではない

何をどのように受け継ぐかは、人間もそうだが、足して2で割る感じではなく、父もしくは母の遺伝子がランダムで選ばれるようなイメージである。

キタサンブラックには全弟が2頭いるが、現状はダート系で、とても芝の長距離を走るタイプではない。

優秀な兄、劣等生の弟というありがちな設定は日常でも当たり前のようにあることだ。

両親の嫌な部分を反面教師的に捉えるか、当たり前のこととして捉えるか。

もちろんいい部分をどのように捉えるかもあるが、すべてが完璧に一致することはあり得ない。

双子でも、先に生まれたものの宿命、後に生まれたものの運命がある。

ゆえに、血統もまたデータ的な意味合いが強く、上振れも下振れもする。

血統は奥が深く、正直な話、その血がどんなパワーや適性を持つかという知識はほとんどない。

わかるのは、その血統が実際に残した成績だけである。

この下調べをするだけで、新馬戦が面白くなる。

お金もかからない、必要なのはちょっとした時間だけだ。


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