違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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麻雀プロ沢崎誠の「突然の右傾化」が問う:ファンと連盟が直面する思想信条とSNS運用の境界線


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麻雀プロの沢崎誠のX(旧Twitter)がある日突然、右寄りなリポストなどを投稿し始め、ファンを中心に混乱が生まれた。

「乗っ取りではないのか」と騒ぐのは無理もなく、それまでに全然その手のツイートをしてこなかったからだ。

結論から言えば乗っ取りでもなんでもなく、今まで思ってきたことをリポストしてしまったに過ぎない。

正直な話、誰が何を思おうと、どんな考えを持とうと他人がとやかく言うことではない。

反対に、他人の思想信条を理由に、相手を遠ざけるのもまた自由である。

自由を持ち出すと、その関係性は急速に冷え込む。

歩み寄る、理解するなどの気持ちがない以上、あとは金の切れ目は縁の切れ目でしかない。

信用できるか否かは「事実精査」と「ブレーキ」の有無

沢崎誠のような年代の男性はああなりがちなので、うわぁ…とも思わない。

事実かどうかの精査さえしていれば、どんな考えを持とうといい。

同時に、事実かどうかも疑わしい話で主張し続けるのは、どういう方向性の思想であれ、理解はしがたい。

よく右か左かで判断しがちだが、それではダメだ。

事実を精査する努力をしたかしてないか、ブレーキを踏めるか踏めないか。

こういう感覚を持っておくと、信用できる人かどうかはおのずと見えてくる。

沢崎誠は本業の麻雀においては、何の問題もなく仕事をしていて、ファン対応もいい。

口の悪さと正直さは相変わらずだが、そのあたり麻雀の世界は許容されやすい。

しかも、例の件以降「バレてしまったのならしょうがない」と開き直ってリポストしまくるケースもある中で、全くそれをしない。

乗っ取りでしょ?などのムーブをした人にも決して悪態をつかない。

現状では何も目くじらを立てる必要はないだろう。

「茶化せないマジのやつ」にダンマリを決め込む界隈

ただ、今回の件でちょっとしたボヤすら記事にしてお金を得ようとする最強戦のnoteが動いていないというのは、「茶化せないマジのやつ」なんだと思わせる。

茶化して怒られてもいくらでもなんとかなるわと思っていないと、ボヤにもなっていないようなことを、さも炎上したかのように書けない。

岡田紗佳の時もそうだったが、マジのやつは何も書かない。

要は、勝てるケンカしかしないという話である。

よく勝たせる選挙プランナーも、勝てる人としか組まないから勝てるだけで、微妙な人とは組もうとしない。

勝てるケンカしかしないのは卑怯なのかどうかは、人それぞれのポリシーによる。

負けてもいいところであえて負けた姿を見せて、人々を安心させるのも狡猾なテクニックである。

どうでもいいところで負けて、注目されるところで勝つ、これが世渡り上手のやり口だ。

プロ団体が直面する思想信条のマネジメント

沢崎誠が今後エスカレートする可能性は否定できないし、思想の異なる人とバトルに発展することもないとはいえない。

思想信条を出し始めた時のコストというか代償というか、誰しもが通る道である。

問題は日本プロ麻雀連盟がどこまで容認するかだ。

日本プロ麻雀協会ではSNSの運用を巡りひと悶着があったばかりだが、連盟はどこまで容認するのか。

あとこれが沢崎誠だからみんなダンマリだったが、若手プロが同じことをやって、じゃあみんなはダンマリを決め込むかと言われると甚だ疑問である。

若手だからベテランだからと相手によって運用を変えても、いいことは少ない。

これからの時代、今まで以上に思想的なことを言いたくなる人が増えてくるだろう。

一線を越える人も出てくる。

そこでどんな手を放てるかが見ものである。


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