違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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派手なプロポーズと「バチェラー」の末路:ド派手なギャップが招く離婚と日本のリアリティショー不適応論


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ド派手なサプライズを決めてプロポーズをする奴は離婚しやすいという話を聞いたことがある。

日常生活とえげつないギャップが生まれるので、ド派手であればあるだけ離婚につながりやすいという理屈だ。

確かにな、と思う。

だから、『バチェラー・ジャパン』や『バチェロレッテ・ジャパン』みたいなあの手の企画の結末は、大抵離婚なり別れなりになっていくのはものすごくわかる。

将来的に離別するのがわかっていて付き合うか付き合わないかを観察するほど、視聴者は暇なのだろうか。

離別までのフリを見届けてオチで大爆笑したいがために見ている人もいるのかもしれない。

Amazonも、人間の陰湿な憂さ晴らしのために巨額をつぎ込んでいるのだとすれば、いささか趣味が悪いと言わざるを得ない。

日本で成功しない「誰かを蹴落とす」コンテンツ

世界的にはあの手のリアリティ番組は成立しやすいが、日本は、『バチェラー・ジャパン』みたいな番組は基本的にうまくいきにくい。

これは『サバイバー』が日本で放送された時に実感したことだ。

『サバイバー』は誰かを追放していきつつ、時に仲間となり、時に裏切ったりして最終的に勝者を決めていく。

また、『ウィーケストリンク☆一人勝ちの法則』というクイズ番組も、誰を追放するかを決めながら勝者を決めていく番組だった。

どちらも短命で終わったのは、道中が相当不愉快な展開になるからだ。

仲間外れにしていく作業は視聴者からすれば日常茶飯事なんだから、改めてそれを突きつけられても不愉快にしかならない。

誰かを突き落としながら勝者を決めるスタイルはまず日本でヒットしない。

人狼も一時期テレビで放送されていたが、早々に消えたのは、見ていて不快な気持ちになる人が多いからだろう。

不快というか、見てて面白くないというべきか。

脱出ゲームや謎解きも、自分だけわからないと、馬鹿にされてるような感覚になる人がいる。

まあ早い話が趣味嗜好の問題である。

『バチェラー・ジャパン』や『バチェロレッテ・ジャパン』は、いったいどんな味がする料理なんだろうか。


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