ここ数カ月、ずっと「危ない」と言われ続けていた祖父が亡くなった。報せというのは、気を抜いた瞬間に突然やってくる。
夜の9時に連絡を受け、翌朝7時には通夜と告別式の日程が決まった。個人的な感覚としては「中国大返し」のような慌ただしさだ。遠く離れた田舎の会場へ向かうため、仕事を片付け、新幹線を手配し、私は6年ぶりの帰省をすることになった。
6年ぶりに会った従弟には子供ができていた。その子がまぁ元気で、葬儀の場でもお構いなしに動き回る。従弟夫婦は決して怒らないのだが、不思議と「クソガキ」には見えない。周囲も微笑ましく見守っており、そこには都会で問題視される「子持ち様」といったギスギスした空気は微塵もなかった。
だが、その裏返しとして「結婚して子供を作るのが当たり前」という無言の圧力がヒシヒシと伝わってくる。数年ぶりに会った親戚が当然のようにパーソナルな領域に踏み込んでくるのが、苦痛で仕方がなかった。
「最近どう?」「彼女は?」……そんな言葉に、私は心の中で「生きてりゃいいじゃねぇか、それ以上に何を求めてんだよ」と毒づく。誰かの生き方にとやかく言う権利も言われる権利もない。だからこそ、私はこの10年、相手から「壁を作っている」と思われるほど距離を置いてきた。生きてるだけで十分だという空気に、早くなってほしいものだ。
消された従弟の影と、沈黙の修羅場
今回の葬儀で、私はある「恐怖」を感じていた。実は10年以上前、もう一人の従弟が20代前半の若さで交通事故で亡くなっている。祖父が向かう先にはその従弟がいるはずなのに、親族の口から彼の話題が全く出ないのだ。遺影すら持ってこない。もう記憶から消したのか、それとも思い出すと壊れてしまうから封印しているのか。
かつて従姉の結婚式では、亡くなった彼の席が用意されていて感動を呼んだものだ。それから数年で一体何があったのか。私はそれを尋ねる気も、権利もない。万が一、思い出させてパニックにさせれば、そこは修羅場になる。その「パーソナルな深淵」に触れることが、私にはたまらなく怖かった。
たった2日の帰省だったが、田舎の息苦しさと家族の闇を再確認するには十分だった。新幹線に乗って都市部へ戻る時、私は改めて思う。人に干渉せず、干渉されず。ただ生きてさえいれば、それでいいじゃないか、と。