違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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素朴な疑問シリーズ「ゲリラ豪雨で傘を買うということは」


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10月に入ってゲリラ豪雨なんぞ勘弁願いたいものだが、見事にやられてしまった。

幸い買い物をする都合があり、被害は最小限で済んだが、傘は持ってきていない。

ドラッグストアで傘を売っているのを知っていたので、傘を買うことにした。

ビニール傘が500円と高いとは思ったが、ずぶ濡れの回避に500円と思えば安いものである。

ゲリラ豪雨と500円のビニール傘

ビニール傘は包装がされているのだが、店員はその状態のまま渡してきた。

コンビニでビニール傘を買うと、普通は包装を外して渡してくれるものだ。

まして外が雨なら、買った傘をすぐに使うのは明らかである。

ところが、そのドラッグストアのアルバイト店員は包装も外さずに渡してきたのだ。

どう考えても雨が降っているのはわかっているだろうし、中から外も見える。

そうでもなければ傘なんぞここでは買わないはずだ。

研修中だったから、そこまで気が回らなかったのかもしれない。

とはいえ、「外しますか」の一言ぐらいは欲しいが、アルバイトに求めすぎな行為なのか。

善良な小市民の「私だけでしょうか」という問い

求めすぎな行為なのかと問いかける時点で、私は求めていいと思っているわけである。

それって私だけでしょうか、という言葉の裏には、「絶対みんなもそうだよね、かまととぶるなや」という邪悪な気持ちが入っているものだ。

素朴な疑問と書いたが、もはや強い疑問である。

善良な小市民の一意見みたいなスタンスを示したい人もそのように書くだろう。

本音を言えば「ビニールとれや、ゴミを家まで持ち帰ることになっただろうがい」と本当は書かないといけない。

ただ、京都の人が客人にお茶漬けを突き付けるように、そこはある種の礼儀なのか、作法なのか、と立ち止まる。

ちなみに、競馬新聞を買う時、値段を見つけるのに手間取るコンビニアルバイトが多すぎる問題も書きたいが、それはまたネタがない時にでも。


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