違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


スポンサーリンク

フォーエバーヤングの偉業と、JRA賞「匿名投票」。第4の権力を捨て、ネット民に成り下がった非公開希望の競馬記者の矜持を問う


スポンサーリンク

JRA賞が発表され、フォーエバーヤングが年度代表馬に輝いた。この結果には概ね満足している。ダート馬がいかに偉業を成し遂げたか、記者たちも正当に理解していたという印象だ。

だが、手放しでは喜べない「不快感」が残った。それは、投票内容を非公表にしながら、極めて偏った少数意見をぶち込んできた記者の存在である。少数意見を持つこと自体は、その記者のポリシーであり尊重されるべきだ。しかし、それを匿名で行うことは、メディアとしての責任放棄ではないか。

年度代表馬にたった1票の「クロワデュノール」。最優秀2歳牡馬に1票だけの「該当馬なし」。あるいは最優秀3歳牝馬のカムニャック。こうした異質な票を投じた人物たちが、揃って「非公表」という殻に隠れている。

この「匿名性」の武器は、同じ立場にいる記者やアナウンサー全体に疑いの矛先を向けさせる。実名で堂々と少数意見を出し、その信念ゆえに悪目立ちしてしまった記者が、非公表を選んだ人物の肩代わりをして「十字架」を背負わされる。匿名で好き勝手なことを書き殴るネット民と、一体何が違うというのか。

メディアは「第4の権力」だ。権力を持つ者には、相応の振る舞いが求められる。原則公開とされている投票において、自らの判断に説明責任を負わず、ただ批判されるのを嫌って名前を伏せる。そんな姿勢だからこそ、「オールドメディア」「マスゴミ」といった言葉に足元をすくわれるのだ。

私自身、過去の記事で「最優秀4歳以上牡馬には芝の馬も入れたい」と考え、ダノンデサイルを候補に挙げた。その投票行動に批判があれば甘んじて受けるし、自分なりの考えを言い張りもする。なぜ、プロの記者がその努力すら放棄し、沈黙を守るのか。明確な理由さえ示されれば、「なるほど」という理解が生まれる可能性だってあるはずだ。

「誰に入れたか」は、その人の見識そのものだ。プロを自称し、紙面やWebで持論を述べる権利を持っている以上、その一票には堂々と署名をつけるべきだろう。匿名性を隠れ蓑に好き勝手やる了見に対して疑問を呈したい。


スポンサーリンク