違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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【競馬界の構造】ダービー前日ストライキと「馬質」問題|「一つのことに特化」した人間が衝突を避けることができない理由


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aroaukun.hatenablog.com

昨年は一つの労組が抜け出す形になり、結果として三つの労組がストライキを起こした。

一つの労組と調教師などの奮闘もあって形骸化に成功し、労組も折れることになった。

結果として今年ダービー前日にストライキを決行することになったが、昨年の成功体験がJRAにあるのか、そこまで深刻な感じではない。

今年のストは「一切の作業をしない」というものであり、どこまで影響が出るのかは微妙である。

馬を人質、この場合は「馬質」にとるという表現になるが、馬主側などはストライキには批判的である。

人間が出るなぁと個人的には強く思う。

「専門特化」が引き起こす衝突の心理

この対立は、一つのことに特化している人間特有の態度の変わり方という感じがする。

山田勝己が「SASUKEしかない」と言っているのと、ほぼ変わらない。

山田勝己にとってのSASUKEが、あなたにとって競馬、麻雀、野球なのかもしれない。

野球選手も一つのことに特化しすぎたせいで、その後のセカンドキャリアが悲惨なことになってるケースもある。

一つのことに特化しないことは大事だなとこういう時に感じる。

そりゃ調教師やオーナーサイドの言い分も理解するが、徹底的に争って痛い目を見なければ、お互いに引けない。

確かに馬からすれば関係ないが、その馬を世話するのは人間であって、地方競馬だと海外から人材を連れてきてるので、それをよしとするのならばそれでいいのではないか。

それが嫌なのであれば、改めて検討し直した方がいい。

中途半端な衝突の最大リスク

こんなことを毎年やってる方がマイナスなので、とことんぶつかり合って何かしらの結果を出してほしい。

徹底的な衝突を避けて中途半端な決着で終わらせれば、労使の対立は解決せず、翌年以降も同様の問題が再燃する。

その結果、馬を人質にとられるリスクが恒常化し、競馬界全体としての信頼性と安定性が失われる。

痛みを伴う一回の変革こそが、長期的に見て競馬界の利益につながる道である。


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