違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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【現代版やせ我慢論】「男は傘を差さない」の合理的根拠|荷物の煩わしさと濡れるリスク、お天気アプリが変えた判断基準


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今週のお題「傘」

 

私は、傘を差すのが好きではない。

そもそも、できるだけ傘を持つことすら避けようとする。

最大の理由は、荷物になるからである。

特に雨上がりは、傘をついつい忘れてしまう。

必要がないものだから、人は忘れようとするのだ。

ただでさえ持ちたくないものなので、必要がない状況になれば、自然と忘れるものなのだろう。

傘を買うという作業も、できるだけ避けようとする。

さすがに大雨の降る中で傘を差さない選択肢はないが、コンビニのビニール傘すらもったいないと思う。

そんな時は、100円ショップの傘で急場をしのぐが、これがなんとも心もとない大きさだ。

雨をしのぐはずの傘なのに、結局はそれなりに濡れちゃっている。

ハスの葉っぱの方がまだしのげるのではないかというレベルである。

「男は傘を差さない」現代版やせ我慢の哲学

霧雨やパラパラと降る雨の時、自分はこうやって言い聞かせる。

「男は傘を差さない」と。

昔、「男は橋を渡らない」と掟ポルシェさんが番組で川を泳いでいた。

それならば自分は、「男は傘を差さない」これでいこうと決めた。

ちなみに、自分自身に男らしさの要素は少しもない。

これは単なるやせ我慢なのだが、途中で自分の方針が間違っていたと後悔したことは今のところない。

多少濡れるぐらいいいではないか!そう思って強気に歩いていると、周囲の目も気にならなくなる。

場所がかさばる、荷物になる面倒くささと、多少雨に濡れるリスクであれば、後者の方が我慢できるのだ。

お天気アプリが変えた傘の要・不要論

そもそもコンビニの傘を巡って、「これは俺のだ!いや、私のだ!」と所有権を争うことがいかにアホくさいことか。

たかだか数百円なのに、そんなことで自分の人格を傷つけないようにしちゃうわけだ。

それもアホくさいと思うので、それなら多少濡れた方がマシだと考える。

折り畳み傘だって、結局それなりに降っちゃえば役に立たない。

どうせ濡れるのであれば、ノーガードでいこう。

「ポツポツと降って一気にザーッと降る」、そんなのはアニメマンガの世界である。

2020年代、私たちはお天気アプリを持っている。

お天気アプリさえあれば、「男は傘を差さない」という考え方が全然的外れではなくなる。

豪雨予報が出ていない限り、少々の雨なら傘を差すのをやめようではないか。

そう主張して、このブログを締めさせていただく。


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