違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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勝敗を超えた「評価軸」:麻雀・競馬に見る期待値最大化への執着と単複馬券の最適解


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麻雀や競馬、パチンコパチスロなど、結局は勝ったか負けたかで評価される世界である。

しかし、人によってはたとえ勝負に負けても、「やることはやっている」とそこまで咎められない人もいる。

期待値の最大化が「負けても許される」理由

特に麻雀がそうだが、堀慎吾や鈴木たろうなどMリーグで不振のプロを批判する声はそんなに高まらない。

ファンに対する優しさなどもそりゃあるのだろうが、個人的に思うのは、彼らが期待値を常に最大化しようとした打ち方をしているからなのだろう。

最後のめくり合いやタイミングの悪さなどで負けているものの、途中、常に下手な打ち回しをしているかといえば、そんなことはないし、そのような話も聞かない。

読みの勘が鈍っている印象も受けない。

今までやってきたことが多少裏目に出ているだけで、上振れ下振れはつきものだと思う。

いかにリスクを考慮しながら期待値を積み重ねられるのか、それが麻雀であるとともに、競馬やパチンコパチスロにも言える。

パチスロのハイエナはまさに期待値を積み重ねられるかどうかに特化している。

設定が入る店や客が多い店だと、ハイエナがうじゃうじゃいて、少しでも期待値がありそうな台が捨てられたら急いで確保しようとする。

普通に打つ人からすれば不愉快かもしれないが、期待値のある状態で捨てる方が悪い。

競馬における「単複」の優位性競馬もそうで、いかにいらない買い目を減らせるか、来る可能性の高い買い目をチョイスしてドカンと買えるか、そして合成オッズを高められるかがポイントだ。

例えば、三連単で100通り買い、110倍が当たっても合成オッズは1.1倍である。

だったら、その分を単複に振り分け、単勝6倍複勝2倍みたいな馬に3:7の振り分けで買えば、それだけで合成オッズは3倍を超える。

三着を当てるのは難しいが、一着を予想して当てるのはそれよりかは断然簡単である。

控除率は単複と三連単で7.5%も違う。

三連単には超上振れした時の旨味があるものの、トータルにすれば単複の方が勝ちやすい。

ちなみにオカルトやサインも自分は好きだが、オカルトやサインだけで当てた人を競馬がうまいとほめたたえる気はあまりない。

それはいいとして、この前のジャパンカップも、カランダガンの単勝は途中まで7倍ぐらいあったが、直前に6倍まで下がっている。

直前にガクンとオッズが下がるのは赤保留ぐらいの信頼度がある。

本当にうまい人、もしくはオッズの歪みを正しく見抜ける人は直前に購入する印象を受ける。

「中身」で評価される世界

自分自身はそこまで期待値を追いかけているわけではなく、何事にもエンジョイ勢でありたいと思うが、突き詰めていくと競馬では単複がベストだと思っている。

「こっちの方がより期待値を積めたのでは?」という具合に麻雀での議論が起こると考えると、色んな議論も納得はいく。

そして勝ち負けではなく中身で評価されるのもわかる。

二着固定や三着固定で勝つのは運だけ、そう言われればそうかもしれない。

でも、勝ち切れない騎手や三着を重視する騎手など、理由のあるケースも珍しくない。

麻雀プロが麻雀プロに認めてもらうのは大変だ。

それは競馬予想のジャンルでもパチンコパチスロにおいても同じなのかもしれない。


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