週刊誌報道が発端となると、得てして「憶測でモノを語るな!」とまるで正義、当然のこととして強い口調でアピールする人がいる。
そりゃその通りなのだが、憶測でモノを語らせるような状況がある以上、仕方ない。
情報を最大限さらけ出し、いつでもアクセスできるようにして透明化してあれば、何の問題もない。
今回のように女性への性加害の可能性が指摘されている事案ではなんでもフルオープンというわけにいかない。
ただ、記者会見の質疑応答の場において、涙を流すなど感情を丸出しにして、「こういう事情なんで…勘弁してください!必ずや第三者委員会の皆さんに調査をしていただき、すべて白日の下に晒します!」と社長が言えば、覚悟を感じる。
それをしていれば、陰謀論を吹聴する人らに「憶測でモノを語るな!」という言葉が効いてくる。
しかし、実際は会見冒頭5分は写真のみ、中継もなければ動画撮影もダメ、第三者委員会ではなく「第三者も入った調査委員会」では、憶測でモノを語る人が出てくるのは当然だろう。
スポンサー離れは会見から急加速した
その結果、スポンサーがどんどん広告を取り下げていく。
これが目立ちたがり屋の、成金のような企業ならばいざ知らず、日本の超有名、超大手企業がズラリである。
トヨタ自動車やNTT東日本、日本生命などが広告を見合わせる動きを見せている。
他の企業も、「トヨタもNTTも広告を引き上げたのに、おたくはなんで?」と言われたら、なかなか説得力のある言葉を返すのは大変だ。
「憶測でモノを語るな!」とどれだけ正論を吐いても、既にスポンサーは動き始めている。
しかも、その動きは明らかに記者会見から急加速した。
「第三者委員会をやります!プライバシーに最大限配慮しつつもすべて透明化させます!」とフルオープンの場で約束し、フリー記者たちの「ただただお気持ちを述べるだけの時間」という洗礼を受けながら、平身低頭な姿を見せていたら、避けられた部分と言える。
「憶測で語るな!」の真のメッセージ
憶測でモノを語るな!と主張する人は、結局、対象となる個人や組織にポシャられると困る人が多い。
そもそも、「憶測でモノを語る」ことは、誰しもが日常的にやっていることである。
憶測とは「いい加減な推測をすること」であり、「いい加減な推測でモノを語るな!」ということだ。
つまり、いい加減な推測で好きなものを語られるのが不愉快なだけ。これは誰しもがわかることだろう。
アイドルファンのこうした動きはいつの時代も同じだし、これからも変わらないだろう。
「憶測でモノを語るな!」=「いい加減な推測で俺の大事な宝物を汚してくれるな!」である。
本当に憶測でモノを語るな!と願うなら、自らが忌み嫌う存在が同じ目に遭っても、同じ熱量でそう言わなければ、「憶測でモノを語る全般に嫌悪感を感じている」ことにはならない。
宝物が汚されて怒る人は多いが、いつまでも宝物であり続けるとも限らない。
宝物が宝物であるために、最大限の努力をする必要がある。
果たしてフジテレビはその努力をしていたのだろうか。