違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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シドニー・スウィーニーの衝撃露出と日米女優の脱ぐ文化を考える


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Xのタイムラインを見ていた時、スケスケでおっぱい丸見えの外国人が表示された。

誰かと思ったら、ハリウッド女優のシドニースウィーニーとのこと。

散々AVだのグラビアだの、エロネタばかり書いていながら、外国の女優は一切ノーマークだった。

Xの恐ろしいところは1度見てしまうと、執拗にシドニースウィーニーの全裸に見える姿をおすすめに表示し続ける。

これがフィルターバブルかと痛感させられた。

幸いエロのフィルターバブルだからいいが、これが政治なり陰謀論なりだと、そりゃ抜け出せないよなと思わされる。

せっかくの機会なのでシドニースウィーニーについて調べると、ハリウッド女優はみんな映画の中で濡れ場を経験しないといけないのか、しっかりと脱いでいた。

それがどういう評価を受けているかは知らないが、当時の年齢的には日本のグラドルが脱ぐような年齢である。

昔、爆笑問題の太田光が米倉涼子に対し、ハリウッドだと女優はみんな脱いでいると発言したところ、米倉涼子が強烈な不快感を示し、本人が脱いでいるのではなくダミーの人も多い、だから脱いでいるとは限らないとマジレスした記憶がある。

失楽園の作者である渡辺淳一は、海外の女優が脱げて日本の女優が脱げないのはコマーシャルの有無によると雑誌に書いていた。

色んな話を総合すると、シドニースウィーニーからすれば当然のように脱ぐし、自分はそれが新鮮に思えるという話である。

 

日本のグラドルや若手女優が映画で脱ぐ機会は多少存在する。

ただシドニースウィーニーのように、インパクトを残せるかは微妙である。

一時期は女優のヘアヌード写真集がバンバン出ていたけれど、今思うと異様だったのかもしれない。

自分が子どもの時、藤田朋子や菅野美穂がヘアヌード写真集を出すにあたり、騒動になったシーンを記憶している。

今同じことが起きたらXは大混乱になるだろう。

それくらい女優が脱ぐことへの衝撃は今でも大きいし、記憶に残りやすい。

最近だと映画『ビリーバーズ』でヌードになった北村優衣が個人的には強く印象に残っている。

具体的に書くと、生々しさが出てしまうので、あえて表現はしないが、これまでにグラドルが脱いだ案件よりかは相当マシである。

こういう人が実力をつけるんだろうなぁとふと思った。

シドニースウィーニーのように公の場で同じような衣装を着ようものなら、バズり倒すはずである。

同時に下品な人として後世に語り継がれてしまうのでなかなか難しいが。

海外のああいう映画などを見る限り、インティマシー・コーディネーターは必須なんだろうなと感じる。

ネットフリックスでもインティマシー・コーディネーターが脚本を確認しているという。

ネットフリックスで話題となった作品には、性的な表現がそこそこあるが、インティマシー・コーディネーターによって守られているということだ。

 

www.elle.com

シドニースウィーニーの話に戻す。

シドニースウィーニーは、自身が出たCMの内容が人種差別的ではないかとマスコミに報道されて炎上した。

トランプ大統領寄りの人物というレッテルを貼られ、共和党員であることも報じられている。

トランプ大統領がCMを絶賛したことで、その会社の株価は20%以上も上がったという。

日本だったらまず考えられない。

シドニースウィーニーの思想信条は、どうやらゴリゴリという感じではなく、政治的な発言や行動自体はそんなにとっていないらしい。

最近のハリウッドは何かと意識高い系な動きを見せているものの、その割に贅沢しすぎじゃね?みたいなことを言われているそうで、シドニースウィーニーはそうしたことを鮮明にしないため、新鮮なようだ。

日本でも、学生闘争が盛んな時期、ノンポリだった人間がチヤホヤされる時代があった。

今の日本は政治的な発言をし始める芸能人が増え、ある意味真逆の状況だ。

 

シドニースウィーニーが日本でも有名な女優となるかはわからない。

ただシドニースウィーニーの動向が良くも悪くも注目され、一挙手一投足に賛否両論が集まり続けるのだろう。

少なくとも自分は色んな意味で注目し続けるけれども。


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