違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


スポンサーリンク

なぜ「タイムショック」は1分から2分に倍増したのか? 「時間との戦い」を放棄してクイズ番組が本質的な面白さを失う理由


スポンサーリンク

現代は時間との戦い、それが『クイズタイムショック』のオープニングの口上である。

1分間で100万円、1問5秒全12問、これが基本的なフォーマットであった。

1970年代から「現代は時間との戦い」というフレーズが出てきているが、2020年代はタイパも叫ばれ、より時間との戦いが繰り広げられている。

それがどうだろうか。

今は『ザ・タイムショックZ』という名前のようだが、1問10秒全12問、2分間に増えていた。

雑学オンリーだからか、中身は『ミラクル9』、もっと言えば『クイズ雑学王』のような感じになっていた。

『ミラクル9』を『タイムショック』のセットを使ってやってみたようなものだ。

少しだけ見たが、スケールが小さくなった印象を受ける。

「タイムショック」の本質が失われた理由

生島ヒロシの時までは30分番組なので、テンポよく進んでいった。

中山秀征や新山千春がMCを務めた時、かれこれ20年以上前にレギュラーとして復活した際、1時間番組になったせいで何か変質したように思う。

視聴者参加番組から逸脱し始めると途端に変質していく。

コロナ禍の時、芸能人ばかりが出てきた『アタック25』もそうだった。

視聴者参加番組特有の緊張感があってのフォーマットだと感じる。

それでも『タイムショック』は1分間12問というシビアさがまだ残っていたから、本質的な面白さはそこまで損なわれなかった。

『ザ・タイムショックZ』は見るに堪えないとまでは言わないが、わざわざ復活させる意味はあったのだろうか。

野口聡一などそれなりの人を揃えたとはいえ、取り扱うのが雑学である。

これは見ててちょっとかわいそうというか、雑学王の人じゃないんだから出なくていいように思う。

クイズ番組リバイバルの「罪」

最近昔やっていたクイズ番組を復活させるケースが増えているが、ワクワクしたのは相当限られる。

現代風にアレンジして本質的な面白さを損なっている印象を受ける。

だったら、復活させない方がマシである。

新しいものを生み出した方が生産性があるし、次につながる。

もしくは課金した形で昔の番組のアーカイブを見せてほしい。

そのお金で肖像権などを芸能人たちに分配すればいい。

その方がよほど生産性があるだろう。

大橋巨泉が亡くなる少し前に放送された最後の『クイズダービー』のように、ほぼ完ぺきに再現できればいいが、それが一番のレアケースではないだろうか。

自分自身が超保守的で、世間一般で絶賛されているなら、それは単に自分が老害だからと思える。

世間一般で絶賛されているのか、甚だ疑問である。

昔の視聴者を幻滅させる割合より、今の視聴者を賞賛させる割合が多ければいい。

それができないケースがあまりにも多い。

「ミリオネア」の復活と二宮和也の「ニノ溜め」

『クイズミリオネア』が正月に復活するが、果たしてどうなるか。

見ないうちに結構ルールなども変わったようだが、Ask the Hostという司会者に問題の回答を聞けるライフラインもあるらしい。

司会を務める二宮和也がゲストから尋ねられ、のらりくらりとかわしていく姿が目に浮かぶ。

果たしてどんな変化がみられるのか。

みのもんたでおなじみ「みの溜め」ならぬ「ニノ溜め」はあるのか。

さすがに録画してチェックしてみたい。


スポンサーリンク