違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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協会A1リーグ最終戦での田幸浩に対するバッシングと米長理論について


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将棋の世界では米長理論という言葉がある。

自分が消化試合であっても相手が重要な対局なら相手を全力で負かす、それが米長理論。

手を抜こうが必死になろうが自分の結果は変わらないものの、手を抜いた事実だけが残ってしまっては、自分に何のプラスもないという、筋の通った考え方である。

水曜日のダウンタウンで、それぞれの対戦相手に負けるようお願いされるダブル八百長対決というのがある。

そんなわけないだろというくらい負けようとする姿は非常に滑稽。

分かった状態で見ているから面白いというやつで、実際にやられたらたまったものではない。

 

10月19日に日本プロ麻雀協会の雀王戦A1リーグが行われた。

雀王決定戦に挑む上位4人、降級の3人が決まる大事な日で、将棋のA級順位戦のように、4卓同時対局で行われた。

結論から言えば、渋川難波、田幸浩、金太賢が降級した。

渋川難波と田幸浩は同じB卓で、田幸浩は4連続トップで果たしてどうかといった状況。

しかし1戦目でトップが取れず、よほどのことがない限り、降級の状況。

こうなると田幸浩はやりようがないが、手を抜かずに最善を尽くすほかない。

結果的にこうした姿勢が渋川難波を降級圏に引きずりおろすことにつながった。

米長理論で考えれば、田幸浩のやっていることは何1つ間違っていない。

ところが、YouTubeのコメント欄は田幸浩に対して辛辣だったそうだ。

同接3万人前後となると、1%でも300人前後。

1%が田幸浩に辛辣なことを書けば、見た目は炎上しているように見える。

辛辣だったそうだという表現こそしたが、コメント欄を見ていなかっただけで自分もリアルタイムで見ていた。

みんながやれることをやった感じがして、田幸浩に腹が立つということは一切なかった。

それは自分が米長理論を知っているからだ。

将棋界で浸透しているということは、勝負の世界でこの精神は受け入れられやすいからだろう。

 

降級したその日に渋川難波は配信を行い、田幸浩に対するバッシングに注意喚起をしている。

そんな渋川難波の配信にもいつも以上に人が来ており、降級してから移籍した鈴木たろうのように、お前も移籍するかみたいなコメントが並ぶこともあった。

ファンが多い人なので、降級でショックを受ける人は多い。

同時にこいつをいじってやろうと手ぐすねを引く人も多い。

だからこそ、あの対局は3万人レベルの同時視聴者数を記録できたのだろう。

田幸浩はこの件にさほど触れていないが、雰囲気的には引退するのではとも言われている。

しかし、降級したらセンチメンタルになるのは仕方なく、今は何も考えられないというのが本音ではないだろうか。

将棋の世界でも、森内俊之のように降級をきっかけにフリークラスに転出して順位戦から退く人もいれば、羽生善治のようにB2まで落ちても戦い続ける人もいる。

そして加藤一二三のように最後の最後まで戦い続けた人もいる。

 

日本プロ麻雀協会は新陳代謝が激しい団体の1つと言える。

9年前に行われた麻雀プロ団体日本一決定戦において、連盟は今も第一線、Mリーグ在籍中の人がズラリといる。

最高位戦も比較的メンバーが揃う中、当時協会の鈴木たろう以外は現在のMリーガーが1人もいない。

麻雀界最強と誰もが思う仲林圭や堀慎吾もいない、当然渋川難波も松本吉弘も浅井堂岐もいない。

活気がある証拠であり、この方が健全だと思う。

将棋の世界も、タイトル戦は常に同じようなメンツだが、順位戦は案外移り変わりが激しい。

境遇的には共通する部分は多い。

ゆえに米長理論で戦うのは筋が通っているし、その方が長い目で見てプラスになる。

降級した渋川難波も田幸浩も最後まで戦い抜き、やれることはやっていた。

そんな渋川難波は翌日のMリーグで大きなトップを獲得し、目標のプラス200に肉薄。

もう切り替わったと言っていいだろう。

勝負の世界に生きる人間は、みんな米長理論を胸に秘めて戦ってほしい。

見ている側も素直に勝者を称えられる。

手加減されて勝たれたところで、その勝利を素直に喜べるものだろうか。

勝ちさえすれば何でもいいという姿勢で本当にいいのだろうか。

真剣に戦い合ったからこそ、うれしいものなのではないか。

バッシングしたくなる気持ちはわからんでもないが、自分は絶対にやりたくない。


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