違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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ひろゆき・泉房穂の新政治団体は成功するか|仕組みと課題の徹底分析

2ちゃんねるの創設者であるひろゆきが、参議院議員の泉房穂と政治団体を立ち上げた。元々ひろゆきはちょくちょく候補者の演説に参加しているほか、自身も政治に関して発信することがある。

自らが立候補しない理由を含め、さほどぶっ飛んだことをしようという感じではない。候補者に公約を掲げさせ、応援する代わりに、公約を破ったら金を出せと突きつけるというもの。議員報酬=成果報酬とみなし、結果を出せなかったら回収して自治体なり市民なりに返還するという。

仮に実現すれば面白いとは思うが、創始者がどの選挙にも出馬しない団体はこれまでそんなにうまくいっていない。維新の場合、代表が府知事を兼務するなど、選挙で選ばれた人物ではある。立候補しない理由は合理的で理解できるが、こいつらは本気だと思わせられるかはわからない。

ひろゆきのアキレス腱は奥さん

人間には致命的な弱点、いわゆる「アキレス腱」が存在する。ひろゆきの場合、それは奥さんだ。ディベートにも強く、冷笑系で押し通すひろゆきだが、奥さんを揶揄されると途端に感情的になったり、タジタジになったりする場面をよく目にする。

そして、今回の政治団体新設に際して、奥さんに話を通していなかったらしく、奥さんが激怒し、Xで怒りをぶちまけた。のちに奥さんは泉房穂などに謝罪しているが、騒動後にひろゆきと奥さんが一緒に配信番組に出て、奥さんの隣で縮こまるひろゆきの姿が話題となった。

ちなみに泉房穂もまた、奥さんに猛反対される中で選挙に打って出て、奥さんとのコミュニケーションの中で政策なども決まっていったという。そういう意味では似た者同士である。

ひろゆきのアキレス腱は明らかに奥さんであり、今後その部分をいろんな形で突かれる可能性が出てくる。奥さんははっきりとした考えを持ち、堂々と意見を言える人ではあるが、政治団体を作ることでさまざまなやり口で攻撃を仕掛けられかねない。

時折堀江貴文とひろゆきの奥さんがバトルを繰り広げるが、そこに旦那であるひろゆきが参戦することはあまりない。参戦したらどんな未来が待っているか、何となく予想がつくからだろう。

ひろゆきのアキレス腱が分かっている以上、今回の騒動があるとより付け込まれる可能性も出てくる。面白い試みなだけに、あまり活動前からポシャってしまうような流れにはなってほしくないものだ。

短期的な成功の可能性は高い…その理由

個人的には、「ひろゆき&いずみ新党(仮)」の成功確率は短期的に見れば高いと見ている。理由は簡単で、もう20年以上既存政党への不満が渦巻き、その時その時で新しい団体へ有権者が乗っかるケースが続いているからだ。

仮に2027年の統一地方選で成功し、公約破りの首長が無償で働かされる状況に追い込み、市民に還元されていく流れを見せられれば、2028年の参院選なども説得力が生まれ、じゃあ任せてみるかという動きになる。加えて左派系の野党がとにかくまとまらず、ゴタゴタ続きで求心力が相当落ち込み、自民党は嫌だという人の受け皿が定まっていない。

だからこそ、目新しい団体に対して期待感が生まれるわけで、短期的な成功につながりやすいと言える。しかし、長期的な成功となると話は大きく変わる。結局、一定の規模を越えると途端にうまくいかなくなり、勢力が衰えていく。維新のように特定エリアで盤石なら別だが、盤石なエリアがない政党はことごとく勢いをなくし、消える。

また公約破りは議員報酬を回収していくやり方も、どこまでやり切れるかにもよる。1つでも破ったら全額なのか、1つだったら10%返さないといけないのかといったことも気になるし、1つぐらいならいいかということになりそうではある。

しかも、議席数が少ない中で何ができるかというのも当然出てくるわけで。その点は何とでもできるとは思うのだが、個人的には注目したい点だ。

2027年の統一地方選まで持つのか、結果を出せるのか、まずはそこだろうか。ひろゆきの大立ち回りに奥さんの我慢がどれだけ持つのかも注目だ。

雛形あきこに竹内知華…40代でのグラビア挑戦の背景|バストのハイパーインフレ状態に思うこと

雛形あきこが写真集を出すという。30年ぐらい前にグラビアアイドルとして人気を博し、イエローキャブブームの初期を牽引したのはよく知っているが、今更?という思いが強い。

実は雛形あきこだけでなく、40代50代の元グラドルが写真集やグラビアに再挑戦するケースが目立っている。熊田曜子や磯山さやかを筆頭に、ちょっと検索しただけでも小阪由佳、武田久美子、かとうれいこ、インリンオブジョイトイ、中島史恵に森口博子などなど。

個人的には90年代2000年代の熟女グラビアのイメージがあるのだが、その当時の熟女グラビアに出てくる方たちと同じ年代のはずなのにこうも違うかという印象を受ける。

40代でのグラビアデビューの是非

冒頭で紹介した方たちは元々90年代、2000年代にグラビアで一線だった人なのだが、最近は40代でグラビアデビューをしちゃう人も出てきている。最近一部で話題を集める竹中知華は元々NHK沖縄のキャスターだったからか、令和のスイカップと呼ばれ、漫画みたいなプロポーションを披露している。

率直な感想を述べると、90年代2000年代の熟女グラビアの領域にいて、その手の癖を持つ人にはウケるかもしれない。

またNHKラジオで気象予報士として出演する吉井明子もまた、グラビアデビューを果たした1人。デビューのせいでNHKでは対応マニュアルが作られ、あくまで外部の人間がやっていることというスタンスのようだ。本人曰く60歳まで気象予報士とグラビアを続けていきたいというが…

こういうのがブームになり始めると、整形してでも私もやりたいと言い出す人が出てくる。AV女優ならわからんではないのだが、グラビアで整形というのは費用対効果的にどうなのかと不思議に感じる。

デビュー前に整形を行い、現時点で活躍の幅を広げているグラドルは確かにいる。なぜそう言えるか、前のお仕事をしている時に整形関連の動画に出て、密着動画を撮らせている人がいるから。すごい時代である。

40代でデビューするメリットについて、自分はわからない。承認欲求だとすれば、もっと違う美の追求の仕方があるのではないかと思ってしまう。

胸の大きいグラビアアイドルデビューしすぎ問題

竹内知華は漫画のような胸をしていて、さすがに多少引いちゃうレベルなのだが、とにかく胸の大きいグラドルがXを賑わせている。昨年は福井梨莉華やseju系のグラドルなどが話題を集めたが、今年だけで見ても加藤玲菜や山田あい、水野Retaなど、またかと思ってしまうような状況になりつつある。

胸の大きさだけで勝負できない時代で、よほど引き際を考えていないと沼にハマりそうな印象を受ける。自分はそういうグラドルは大歓迎だが、辟易してきた。既存のグラドルも当然元気に活動しているので、みんながみんな胸が大きく、もはや個性らしい個性がない。

以前も書いたと思うが、突然ヌードになった人が勝てる時代に突入したと言える。前田敦子のようにシレッと出す人もいる中、堂々と、惜しみもなくドンと出しちゃう人が天下を獲りそうな印象を受ける。それくらい、現状は、またか…という印象しかない。

よくよく考えてほしいのが、今の時代、弱者男性は相当ストレスがたまっていて、女性に対して厳しい目を持ち始めている。インセルの暴走は近い時期に訪れるだろう。ちょっとでもお高くとまるような行動をとれば、攻撃の対象となる。Xを見てもその空気をひしひしと感じる。

特定の層においてパワーはかなりたまっていて、性的なものへの執着は相当強まっている。だからこそ、前田敦子がシレっと出しただけであのフィーバーぶり。瀬戸環奈の手法を用いて突然出したらXはお祭り騒ぎになるだろう。

それがいいことなのかはわからない。ただ5年10年先までは確実に食える。例えば、10年必死に働いて引退しちゃう手は十分アリ。最近復活した方たちは早めに切り上げて、グラビア色を消したことで、復活のインパクトを得られたと言える。

痩せて男の支持を失ってまで得られるものとは

胸の大きいグラドルや女優ならではの話として、事務所に痩せるよう言われて痩せた結果、男の支持を失うというものがある。グラドルだと風吹ケイが、身体を一生懸命動かす方にシフトしたことで当初の売りは消えつつある。グラドルが身体を鍛え始めるケースはよくあるが、男からの支持なんぞ切り捨てたいんだろうなと推察する。

オカズとして見られることはいくら仕事とはいえ、耐え難いものがある。割り切れる人はまだしも、別に好きで始めたわけではなく、芸能界のステップとして利用した人にとって、不愉快でしかない。それこそ弱者男性に見せるぐらいなら金持ちに見せた方が断然いいわけで。

グラドルの仕事的に絶対痩せちゃいけないのに、こぞって痩せようとするのは男の支持を捨ててでも、自信を得たい、やりたいことをやりたい、美しくありたい、女性からの支持を得たいといったメリットが多く感じられるからだろう。風吹ケイの顔を見ても、自信を感じさせ、楽しそうではある。

旬で脱がないのはいいことか悪いことか

竹内知華や吉井明子は元々NHK関連の出演者だが、2000年代中盤に同じNHK関連の出演者で話題になった人物がいる。元祖スイカップでおなじみ古瀬絵理だ。2003年に山形のキャスターとして中継に出た際、大きな胸に注目が集まり、話題になった。

直後、当時モンテディオ山形の監督をしていた柱谷幸一との不倫疑惑が報じられた。のちにいかがわしい関係はなく、単に仲が良かった、男女の友情はあると思っていたと振り返っている。この報道で契約を切られてしまい、スイカップをいつ出すかという話題が週刊誌を賑わせることになる。

同じタイミングで久米宏がいたオフィストゥーワンと契約し、民放に出始めた。当然多くの人はスイカップを待ち望んでいた。しかし、グラビアに挑戦したのはそれから2年後、2006年になってから。それまではスイカップと呼ばれることを嫌っていた。

契約を切られた段階で、竹内知華などの手法で世に出ていたら当面は盤石だったかもしれない。旬というのは早いものだ。でも、すぐに脱がなかったからこそ、数年は自分のやりたいことができた。

のちに結婚し子供を産み、2023年にはデジタル写真集を出版している。今度はタイミングが早すぎる。今ぐらいならもう1つの盛り上がりは作れたはずである。

売れることだけを考えれば間違いをいくつも犯している。ただ幸せかどうかでみれば、ご本人がどう思っているかは知らないが、幸せなのだろうと思う。

一時期、コサキンコント劇場に入る直前、関根勤のグラビアの論評を作家に無理やり読ませるという場面があった。本当にバカバカしく感じられ、笑ってしまった。3000字近く、こんなことを書いちゃう自分も自分である。

【名球会】250セーブ基準議論と上原浩治発言の炎上理由

ロッテの益田直也が250セーブを記録し、名球会入りを果たした。若返りを図るロッテにあって、益田の扱いは難しかったはずだが、なんとか250セーブを達成できて、個人的にもうれしく感じる。

そんな中、サンデーモーニングにおいて上原浩治が益田の記録を称えつつ、名球会に入れるセーブの基準として250ではなく300などにすべきではないかと問題提起した。当然ロッテファンは激怒し、上原への怒りの声がX上であふれかえった。

250セーブは妥当な数字

250セーブで名球会入りを果たしたのは益田を含めると5人。いずれも日本だけで250セーブを達成している。個人的には200でもいいくらいだと思うが、最初に設定された250がなかなか絶妙というか、勢いだけでは稼げない数字と言える。

200までは勢いで行けても、250となると経年劣化なども重なり、なかなかたどり着かなくなる。先発であれば多少打ち込まれても、即2軍落ちにはならず、チャンスもちょくちょく与えられるが、抑えはちょっと打ち込まれるとすぐに配置転換される。

先発は勝つかどうかわからない中で投げるが、抑えは間違いなく勝った状態で投げられる。失敗=負けとなりやすいポジションゆえに、勝ち星を簡単に捨ててしまう人間は起用できない。ゆえに250セーブというのは絶妙であり、個人的には変えるべきではないと考える。

一方で、ホールドに関して名球会入りの基準がないため、ホールドも設定すべきではないかという声は以前から聞かれる。非常に難しいのは、セーブの条件は日米でさほど差はないのに、ホールドだけは日米で決定的に異なる。日本は同点で投げて抑えればホールドがつくが、アメリカはつかない。ゆえに日本のホールド記録はアメリカ基準で考えると多少多めになってしまう。

そのため、アメリカの通算ホールド記録は246と意外と少なく感じられるが、同点のケースを含めれば300は超えそうだ。ただアメリカではホールドの記録はそこまで重視されておらず、セットアッパーで一時代を築く人はいない。仮にセットアッパーで優秀な人物がいたら抑えに配置される。

名球会入りの基準を設けるのであれば、300がいいラインかもしれない。だとすれば、424ホールドの日ハム・宮西尚生は確実に入る。問題は通算2位で272ホールドの元巨人・山口鉄也をどうするか。山口を入れるのなら250ホールドとすべきだろう。ちなみに通算4位の176ホールドに益田がいる。

上原がサンモニで問題提起をするメリットはあったのか

結論から言えば、上原が名球会入りのセーブの基準に関して問題提起をしたのは間違いだった。益田の250セーブ達成を称えるだけで十分だからだ。一緒に言及すれば、益田の偉業にケチをつけるのと同じであり、そう受け取るロッテファンが出てくるのは当たり前である。

仮に上原がクレバーに考えていて、益田を利用して名球会入りのハードルを巡って議論を活発化させたいという思惑があれば別だが、世間もそこまでは求めていないし、どうでもよさを感じ始めるラインに来てしまう。

おそらく上原は思ったことを言っただけなのかもしれないが、そんな上原は名球会に特例入会している。上原は100勝100ホールド100セーブを果たしているほか、藤川球児も日米245セーブと四捨五入すれば250セーブで、ホールドも入れれば名球会入りでも不思議ではない。特例入会で入った上原がケチをつけたというのも、事態をややこしくさせる。

上原浩治の雑談魂を見る限り、日本に多くいる野球OBに近い野球観を持っていて、もっと悪い表現をすれば、そこら辺の居酒屋で野球談議をするおっさんとそんなに変わらない。例の発言を雑談魂でしていたら、さほど問題にはなっていなかったし、益田の記録達成以外での発言なら、スルーされていただろう。

張本勲がケチをつけ続けたイチローとの関係性

サンデーモーニングで記録にケチをつけていた光景は前にもあった。張本勲がイチローの安打記録に対して認めようとしなかったことだ。日米通算3000本が近づくと、日本で3000本打つのと日米での3000本打つのは違うと何かにつけ発言していた。

当時SNSが発達していたら、張本は今以上に大炎上していただろう。ピートローズがイチローの記録に対し、メジャーのみの記録と一緒にするなと怒るのはよくわかるが、日本だけの記録と日米の記録では少なくとも同等の価値があるし、だったら名球会入りの基準も日米通算をやめるべきで、イチャモンの領域ともいえる。

ただ張本は口ではそのように言いながらも、イチローが日米通算で張本の記録を上回ろうとしたとき、わざわざ現地へ赴いてその瞬間を見ている。試合後はイチローとも握手を交わし、激励しており、絶対に認めんというわけでもなかった。そして、イチローがメジャーだけで3000安打を達成したことに「大あっぱれ」と称えている。

張本は表向きはケチをつけていたが、イチローに対しては当然認めていて、張本なりの叱咤激励だったことは明らかだ。

上原が思っていたこととは

改めて上原の発言を振り返ると、要するに200勝の難易度と250セーブの難易度は吊り合うのかという話だ。今の野球で200勝するのは正直至難の業だと思うが、250セーブはマルティネスの活躍などを見ればどうにかなりそうではある。

1年間で稼げる勝ち星は現状だとマックスでも20だが、セーブは50以上も狙える。仮にマックスの数字を続けると、200勝に10年要する中でセーブだと理論上5年程度で達成できる。上原が具体的な数字を出して説明していれば、多少賛否の賛は増えたように思う。それでもあの場面で言う必要はないが。

セーブの基準を上げるのではなく勝利の基準を下げるとすればどうか。例えば150勝にすると、一気に30人程度有資格者が増える。現状投手17、打者47で推移する名球会におり、突如として五分五分になる。現役ではヤクルトの石川雅規、楽天の岸孝之、中日の涌井秀章、そして日米通算だと前田健太が該当する。

現役で次に150勝を狙えるのは127勝を挙げる阪神の西勇輝で、現実的に150勝が狙えそうな人は少ない。15年もプロをして残り50勝前後のところから、150というラインを狙うのは相当厳しいだろう。

巨人の戸郷翔征が26歳で67勝、日ハムの伊藤大海が28歳で63勝、ここでギリギリか。あと10年で90勝前後なら達成できそうではある。200勝がいかに難しいかがうかがえる。

上原の問題提起は、こうした現実を理解できれば、的外れでないことは確か。セーブ記録を上げるか、勝ち星を下げるか、はたまたホールドを入れるか。個人的には通算150勝でも十分と言える。

ただ冷静に議論をすべき題材なのに、感情的な話になってしまったのは上原のエラーとしか言いようがない。本人は開き直り、正当性を主張するのだろうが、TPOをわきまえればよかっただけのこと。そこに怒るロッテファンの心情を蔑ろにしたことぐらいは謝るべきではないだろうか。

ゾンビたばこ・脱税事件…プロ野球における不祥事からの復帰と再生ストーリーの重要性

広島のゾンビたばこを巡る報道は、羽月隆太郎の逮捕に始まり、現状は疑わしい選手が一軍から追い出され、三軍での野球を余儀なくされる状況まで進んでいる。確実なのは羽月は起訴され、執行猶予つきの有罪判決を食らったということで、他の選手は疑惑の段階、それも立件できるか微妙なレベル。

ただFLASHでの報道が続く中で、お咎めなしを続けるわけにはいかない。ましてオーナーがこの件で強い怒りを示しているとなれば、相当過激なことになるだろう。ただ、厳しい監督を連れてきて規律よく、昔の広島のごとく、練習に練習を重ねて遊ばせないようにする展開はあまりいい結果にはならないように感じる。

厳しくすることがメインとなるためで、優勝からとことん遠ざかることになる。横浜もそうだったが、野球センスのある監督よりもただ単に厳しい監督を置いておけばいいわけで、采配ミスで負ける試合がより増えるだろう。

だからといって何もしないのはダメだから、覚悟を持ってフロント、監督コーチがどんな誹りにも屈せず、毅然とした態度で選手と対峙できるか、そこにかかっている。

プロ野球脱税事件と何が違う?

羽月は地元のクラブチームで野球を再開したそうで、それはそれでよかったと思う。

週刊女性の記事にはその件について触れているが、不思議な文章があった。

「もちろん野球をするのは自由ですが、倫理的にも“プロ”として再びグラウンドに立てるのは執行猶予が明けてからになり、その頃には30歳目前で選手として下り坂。そして独立リーグへの移籍も、企業が協賛するプロチームだけにイメージは大切。周囲からも厳しい目で見られかねません。

倫理的に、プロとして再びグラウンドに立てるのは執行猶予が明けてからという、関係者の言葉が出てくる。執行猶予中は倫理的にプロとしてグラウンドに立つのはダメらしい。

今まで執行猶予の身でありながら、プロとしてグラウンドに立った選手が一切いなければその通りだろうが、実際はそれなりにいる。

例えば佐藤龍世はスピード違反で告発され、執行猶予2年つきの有罪判決を食らった。その年はユニフォームすら着させてもらえなかったものの、翌年には一軍でプレーしている。西武ライオンズといえば倫理的に相当厳しい球団だが、週刊女性に書かれた言葉を額面通りに受け取るならば、西武は倫理的にアウトなことをしたというのだろうか。

さらに言うならば、プロ野球脱税事件で11人の選手が執行猶予つきの有罪判決を食らうも、普通にプレーしていた。倫理的にプロとしてあり得ないにもかかわらず、プレーさせた球団は、週刊女性に言わせれば最低な球団ということなのだろうか。

おおらかな時代で、多少のリスクは許容できるような環境だったと言われればそれまでだが、前例がある以上、執行猶予中だからプロとして…という主張は苦しい。羽月の勤勉な姿や品行方正ぶりを正しく評価した結果、独立リーグであっても入団を認めるというのは悪いことではない。

脱税によって執行猶予になるのと、ゾンビたばこによって執行猶予になるのは違うという見方もある。ただこの罪を理由とした執行猶予はセーフという、そんな論理はあるのだろうか。

そのくせ、今の選手は仲良しすぎてダメだ、乱闘も減ったし…みたいな意見がOBからやたらと出てきて、ファンもそれを支持する傾向にある。いかに適当な言説にあふれているかを示す話だ。

11人中6人が監督コーチに

プロ野球脱税事件で執行猶予つきの有罪判決を食らったのは11人いるが、そのうちの6人が監督コーチになった。他の5人も大学や企業のコーチ、または球団職員として活動している。

一方、不起訴になった選手は9人いるが、監督コーチになったのは6人いる。20人中15人が監督コーチになれた。何もなく辞めて足を洗うプロが多い中、異様な割合である。

その一方、あの一件をきっかけにどうやって復活を遂げたのかという話がほとんど出てこない。例えば宮本慎也は出場停止期間中、2軍で土のグラウンドでの守備練習がいかに重要かを教わり、徹底的に守備を鍛え上げていった。その結果、鉄壁の守備力を手に入れている。

しくじり先生の題材としてこれ以上ない話だが、誰もそのことを語ろうとはしない。鬼軍曹と呼ばれる人がやたらと多い中、誰1人としてプロ野球脱税事件のことやどのように立ち直ったかを語ろうとしない。

ジャーナリストもジャーナリストで、いかに立ち直ったかのインタビューで1冊書けそうなものなのに、誰も取材をしようとしない。

球界にとってタブーな話になりつつあるが、当事者の中から監督コーチとしてあれだけ活躍する人が出てくるのは全くの無関係とは思えない。とても不思議だ。

今必要なのはいかに立ち直ったかというストーリー

羽月を始め、広島の選手の一部など、現状相当な逆風を受けていて、心が折れてもおかしくはない。今彼らに必要なのは、どうやって立ち直ったかというストーリーである。

三軍に幽閉されている今、守備を徹底的に見直すとか走り込みを行うとか、今できることを徹底的に行うのも必要だ。羽月であれば、家族のためにも真剣に野球に取り組んだり、社会人として一生懸命働いたりして前を向き続けること。

正論ばかりを吐いてしくじった人を落としに落とすのも、気持ちこそ理解するが、一定のところでやめるべきだろう。立ち直っていく姿をもう少し見守れないものだろうか。

執行猶予つきの有罪判決を食らったから倫理的にプロとしてどうこうと主張するのであれば、前例に関する調査をしてほしいなと週刊女性に無理な要望をしてみたい。

なぜ日本プロ麻雀連盟のMリーグ要望書が7月後半になって公表されたのか

日本プロ麻雀連盟会長森山茂和の名前で書かれた「Mリーグ機構」への要望書というタイトルの記事。

日程がそろそろ決まるかどうかというタイミングで、多少の嫌悪感や対立を覚悟したような内容、要望を出している。

一見すると「わがままを聞いてちょうだい」みたいな内容

一言で言えば、連盟からわがままを言わせてよという内容である。

日程に関しての要望はわからんではない話だが、連盟の事情を書いちゃうと、だったら他の団体も…ということになる。

 来期、月曜日と火曜日も「2卓同時開催」となると、プロ連盟の最高峰の公式戦である「鳳凰戦A1リーグ」が水曜開催をメインになっている関係で、さらに厳しいスケジュールとなります。

最高位戦がどう反応するかは知らないが、直前にそんなことを…と返される可能性は十分にある。

要望するなら、連盟の事情は横に置いておくべきだったと思う。

何試合が妥当で、どういうスケジュールがいいのか、その具体的な提案がなかった。

ただ減らせでは、話し合いにもならない。

正直なことを言えば、そんなことは誰でも言える話で、わざわざ会長の名前を出して言うことかとは思う。

2つ目の麻雀クロックの導入だが、最強戦で導入されていて、特段混乱がなかったのでやってもいいかとは思う。

試合時間が長くなるのをよしとしない人はそれなりにいるし、みんながみんな、Abemaプレミアムで振り返れるわけではない。

提案自体は妥当なのだが、麻雀クロック導入前・導入後の対局時間の違いを数字にすれば、よかったように思う。

劇的に変わるのであれば、だったら導入した方がいいという賛同を得られやすくなる。

ただ最強戦で麻雀クロックを導入した際、結構前から予告されていたので、今から誰が管理して、研修などを行うのかという話になる。

今それを主張して、何になるのか。

今シーズンから導入してほしくて言ってるのか、ただ単にわがままを聞いてほしいのかでだいぶ変わる。

3つ目の公式戦前日の負担軽減。

基本的に公式戦の前日は休養日とするか、せめて1試合目の出場だけに制限して頂きたいと考えております。

それもそれで知らんがなという話である。

なぜそのような提案をするのかという理由も書かれていないし、なぜそう思ったのかも理解できない。

時間短縮や日程などは確かにこれまでも言われていて、納得のいくところもあるが、公式戦前日の負担軽減について、具体的な話を聞いたことがない。

赤坂ドリブンズなど各チームで休養日を設けているケースがあり、連盟主体のチームも同じようにすればいいだろう。

4つ目のサイコロの使用。

これこそ、一番知らんがなと思った提案である。

プロ連盟の競技規定には「サイコロを振る」とあります。麻雀とは本来、サイコロを振る競技なのです。自動配牌卓は、次局のドラとツモが常に1パターンしかありませんが、サイコロを振れば、配牌は同じでもドラとツモが変わり、一次元世界からの広がりも生まれます。

ネット麻雀から入ってきた人にとって、響くのだろうか。

自動配牌によって麻雀牌をとる作業が短縮され、時短につながる。

そういうので時間が少し長くなるのは誤差の範囲とでも思っているのだろうか。

人によって見方が変わる

森山茂和という人は、人によって評価がガラッと変わる人物と言える。

連盟の人からすれば頼もしいことは明らかで、一生ついていきますというプロが多いのも納得はする。

一方で、連盟が頑なに参加をしない他団体の大会もチラホラある。

その理由は最初から参加してないとか、話がなかったとか、そんな具合。

個人的にはしょうもない理由としか思えなかったのだが、そのことに不満をもらす連盟プロは少ない。

正確には不満をもらせば、やんのやんの仲間から言われ、何らかの形でやり玉に挙げられる。

最強戦関連の話題を中心に常に何かしらのいざこざが起きてることからも、そりゃ不満は出てこないだろうとは思うし、自分だったとしても言わないだろう。

森山茂和の解説に関して、個人的には決して愉快なそれではないが、それは個人の感想に過ぎず、世間一般にとっては最高なエンタメかもしれない。

色んなエピソードを聞く限り、面倒くさい人だなぁと思った。

人によっては漢気が感じられるという人もいるだろうが、もう少し合理的かつ効率的であってほしいと自分は思う。

もう2027-28シーズンの牽制を始めているのか

9月から始まる2026-27シーズンに向けて、大至急提案を受け入れてくれという印象は受けない。

「期間は短縮されましたが」という文言から見て、おそらく今シーズンの日程は決まっているのだろう。

だから、2027-28シーズンに向けての牽制だと感じた。

今のうちに提案しておけば、2026-27シーズンで色んな事態が起きた場合、「だから言ったじゃないか」とマウントをとれる。

あとはイニシアティブを握って交渉ができ、世間も味方する可能性が高い。

そういう意味では、この提案自体はそこまで悪いものではない。

だとしたら、具体的な数字がもう少し欲しかった。

何で試合数が増えてんの?とか、商売を考えたらこの試合数が妥当とか、麻雀クロックを使ったらこんなに時間が減ったとか。

いくらでも提案の仕方はあったと言える。

どちらかといえば、提案をしたかっただけだったのだろう。

もしくは森山茂和の思い付きで、いいから出せとなったのかもしれない。

理事会を通してのものだとすれば、どういう議論が理事会でなされたのかも知りたい。

乱暴な提案過ぎて、ケンカになりかねないし、より深い溝が生まれるやり口に思える。

やりようによっては、うまい具合に話が盛り上がりそうだったのに、何か残念である。

ウエストランド井口による小澤一郎への噛みつきについて考える

土曜の深夜、ウエストランド井口が噛みついていた。

相手は小澤一郎というサッカージャーナリスト。

スペインにお住まいで、スペインのサッカーの解説をされている方だが、その方のツイートが物議を醸し、ウエストランド井口が噛みついた。

その内容は、サッカーワールドカップ決勝の中継に日本代表監督の森保一が出ることについて。

「感動をありがとう」で温かく迎え入れる日本特有の空気感や感謝の気持もそれはそれで大事だと思いますが、メディアにも「共闘」を訴えて協力を促してきた以上、森保監督には厳しい質問や批評される場にもきんと出てきてもらいたい。

色々主張はあるのだが、これ自体は理解のできる主張であり、それぐらいだったら、物議はさほど醸さない。

問題はその前にあった。

帰国後のメディア露出を把握しているわけじゃないのですが、現地中継にのこのこと出ていくあたり本心で「優勝」を目指していたのかな?と私は思ってしまいます。

「のこのこと」という部分に、反応する人が多く、その後の正論が、本当は腐したいだけなのでは?と思われるに至っている。

これに対して井口は「僕は楽しんでいる人を冷ます必要はないと思います。」とポストした。

続けざまに井口は「YouTubeで取り上げて再生数で収益を得ているなら、リスペクトは絶対忘れてはならないと思います。」というポストもしている。

井口に対しては主に小澤一郎を擁護する人間からのリプライが飛んでいたが、井口はいつものように立ち向かっていった。

極めつけは「さすがにジャーナリストと名乗る人が思い上がってるように思う。」とまで書いた。

お笑いライターならいざ知らず、ジャーナリストと名乗る人が思い上がっているというのは若干乱暴に思える。

井口は日曜夕方まではこれらのツイートを残していたが、深夜12時ぐらいには削除していた。

一方の小澤一郎は自分の意見がいかに真っ当かをYouTubeにアップした。

井口は何かに屈したのか、面倒になったのか、所属事務所のタイタンから注意が入ったのかはわからない。

ただ鬼越トマホーク良ちゃんが頑なにポストを下げなかったのとは若干違う。

ウエストランド井口からすれば通常営業

お笑いをファンが語ることも含め、お笑いを批評すること自体、ウエストランド井口は嫌う。

お笑いファンにありがちな熱い語りなども井口は一刀両断している。

同時にこんなポストもしている。

こういうのを見ても、井口の例のポストは通常営業であることがうかがえる。

そして、リプライに対しても堂々と対応するのもちゃんとした考えがあるからだろう。

しかしながら、自分はウエストランド井口の考えをすべて擁護しているわけではない。

感動をありがとうで済ませていいのか、検証や総括はするべきではないのかという小澤一郎の意見は至極真っ当だからである。

ジャーナリストが言葉選びを間違えるという、致命的なミスが台無しにさせているが、考え自体はその通り。

楽しんでいる人を冷ます必要はないというが、ネタへの考察や芸人間の仲良し具合に熱くなるファンを冷まさせているのもまた井口である。

井口は井口で、人のことを言えるのかという指摘はどうしても出てくる。

恐らく井口は頭の回転が速いので、いくらでも切り返せるだろうが、ジャーナリストは思い上っているというのは、なかなかのパワーワードだ。

井口にとって、このワードが自分の首を絞める可能性は大いにある。

一方でそのように言いたくなる気持ちもわかる。

他人のふんどしで相撲を取るレジェンドたち

近年野球やサッカーのOBたちがYouTubeデビューしているが、基本的には他人のふんどしで相撲を取る人ばかりである。

高木豊や里崎智也、宮本慎也、谷繁元信などはプロ野球の動向を見て動画を作り、色んな持論を述べている。

あとは昔話に花を咲かせ、昔はよかったと言い始める。

昔話に花を咲かせるぐらいなら他人のふんどしだとは思わない。

ただ、あの選手はダメだ、あの球団はなってない、何がアナリストだと言って再生回数を稼ぎ、お金を得る以上、最低限のリスペクトは必要だ。

腐す時点で果たしてリスペクトがあるかと言われれば、非常に微妙である。

プロとはそういうものだと言われればそれまでだが、じゃあお前も批判を受け止めろよと言われると、総じて強気で、自身の批判に耳を貸さない。

そこまでダメージのないところで謝ることはあっても、持論は曲げない。

それくらいでないとプロで活躍できないと言われればそれまでだが。

ごちゃごちゃ言うなこの野郎、俺の言うことが絶対だぐらいのメンタルでないと、やっていけない世界なのだ。

オシムって言っちゃったねがすべて

小澤一郎が提言する内容もところどころ理解するし、総括や検証は当然必要である。

しかし、日本サッカー協会において、今までのことをまともに検証し、総括したことはあるのか甚だ疑問である。

例えば、2006年のドイツワールドカップで、日本は惨敗を喫した。

日本中が激怒し、ジーコジャパンに対する非難の声が高まった。

そんな最中、当時の川淵三郎キャプテンの会見で、次期監督としてオシムの名前を出した。

「オシムって言っちゃったね」

これでなぜ2006年のワールドカップで日本が惨敗したのかという厳しい論調は一変してしまった。

サッカーに限らず、野球でもなぜ負けたのかという検証がなされず、総括を目にしたことがない。

いくらマスコミやジャーナリストが総括したところで、組織側が採り入れなければ意味がない。

組織側が率先して検証しない限り、同じような失敗を繰り返す。

そうした土壌がない中でいくら検証やら総括やらをしようとしても、公開説教の類を出ない。

手足を縛った罪人に石をぶつけてスカッとするような状況しか生み出されない。

それでまともな検証ができるのか、総括が行えるのかは疑問だ。

「オシムって言っちゃったね」で川淵三郎がはぐらかした時点で、検証も総括もできない組織になってしまった。

ジャーナリストなのに言葉を尽くさない

小澤一郎は自身のYouTubeで、DAZNに芸能人やアイドルを起用することなどを批判している。

その気持ちは理解するが、動画でやるかぁという印象を受けた。

きっかけはXのポストなのだから、Xで言葉を尽くして説明しろよ、反論しろよという話だ。

あれだけ炎上のきっかけは、「のこのこと」という言葉のチョイスだ。

その言葉を使ったのは不用意だった、不快に思われた方もいるだろうから申し訳ないという、最低限なことすら発信しない。

ジャーナリストは言葉を尽くすべきだ。

そして、批判を受けたら反論し、議論を重ねていく努力をしなければならない。

なぜマスコミ、メディア批判が巻き起こっているかといえば、言葉を尽くさず、批判からも逃げるからだ。

井口に噛みつかれたとしても、多少調べて「あなただってワーキャーのお笑いファンに散々冷や水をかけているではないか!むしろ私とあなたは同士だ!」と返せば、小澤一郎寄りの意見を持つ人は増えるだろう。

これをきっかけにYouTubeを見てもらおうなんて、やってることはYouTuberと変わらない。

言っていることはそんなに間違っていないのだから、なぜ堂々とできないのかは疑問に感じられる。

ジャーナリストも新聞記者も言葉を尽くさなきゃ存在意義がない。

批判を受けて、あぁ面倒くせぇなぁとダンマリを決め込むのはどうなのか。

井口は井口で、なぜポストを取り下げたのか。

こんな状況でどうやって検証やら総括やら、建設的な議論ができるのだろうか。

ここがヘンだよ日本人で、パフォーマンスのためにブチギレた二宮清純みたいな人だらけだ。

もしかすると、これが決勝に残れなかった多くの国で見られる光景なのかもしれない。

園田茉莉華のジャケ写を巡りテニスプレイヤー園田彩乃が物申した件について

園田彩乃というテニスプレイヤーがX上でブチギレていた。

理由は自分のインスタグラムに載せた写真がAVのパッケージに、「許可なく明らかに加工して」使われたという。

その作品は園田茉莉華という新人で、「テニス一筋19年!インハイ出場&実業団所属の実力派アスリート!」と説明されている。

確かに構図は似ていて、重ね合わせた人の動画を見る限り、ほぼ一致している。

園田彩乃からすれば、怒るのは当然なのだが、色々と探ってみたい。

よくあるアスリート系でデビューするやり口

以前白石透羽の記事を書き、元HKTではないかという憶測がうっすら出て、ざわついた様子を紹介した。

aroaukun.hatenablog.com

その中でアスリート系の肩書きについて触れた。

新海咲や青木桃のように本当に水泳をやっていて、本当の肩書きの人もいるが、ほとんどはウソ、盛りに盛った肩書きである。

ちなみに青木桃のデビュー作品はSODの代表が自ら監督を務め、東京五輪前に発売するべく、プロジェクトを立ち上げたという。

それはさておき、園田茉莉華に関しても、どうやら盛っているようだが、それ自体は誰も何とも思っていないだろう。

今回調べると、本当にアスリートとしての肩書きがある人も結構いることに気づかされた。

この手の情報はほぼウソだと思って見ているが、本当は本当で、若干複雑になる。

パロディ系はリスクが大きい

AV新法によって、配信停止などのリスクは高まっている。

なので、下手なことはできるだけしないのが普通だと思っているが、その中でパロディ系はかなりリスクが大きい。

女優はいいにしても、パロディされた側から抗議を受けたら取り下げを求められる可能性がある。

そうなれば、制作費用の回収は難しくなってしまう。

園田茉莉華という名前は、園田彩乃からつけられた可能性が考えられる。

加えて、テニスで、園田彩乃の写真と酷似しているとなると、「あれ私でしょ!」と怒るのは当然だろう。

過去には名誉感情の侵害が認められたケースがある。

簡単に言えば、自尊心を傷つけられ苦痛を感じる状態だが、慰謝料の支払いが認められたケースもある。

問題は名誉感情の侵害だけだと差し止めは認められず、あとはメーカー側に判断を委ねられることになる点。

過去にはドラマSPECのパロディAVがパラダイステレビで放送されることになり、本家のプロデューサーが激怒したケースもあった。

パロディをされた側が激怒、抗議をしたケースでは、最終的に取り下げられることが多い。

一方、たぬかなのパロディAVでは、たぬかな本人がその存在を知り、自分は関西弁ではなく阿波弁であることをツイートした。

パロディAVの主役もたぬかなが触れたことに感謝のツイートをしている。

人によって対応は分かれるが、誰でも容認してくれるわけではないのは当然であり、モノマネとは訳が違う。

加工を疑われても仕方ない

園田彩乃はSNSで水着姿を載せたことでバズり、フォロワーが一気に増えた。

プロテニスプレイヤーだが、テニスのイメージよりも…という人はそれなりにいるだろう。

だからこそ、園田彩乃に寄せたものにしたのかもしれない。

仮に園田彩乃が投稿した写真とは一線を画し、単に立派な肩書きと胸の大きさ、園田という名字などで作ったら、恐らく本人には伝わらなかったか、相手に否定されておしまいになったか、だろう。

投稿した写真に寄せてしまったがために、第三者に撮影された写真であることをアピールされ、訴えることはできないのかとXで表明されてしまった。

ちなみに髪の毛がなびく様子もほぼ一致しており、勝手に画像を使って加工したという主張は受け入れられやすい。

それくらい比較すると一致点がかなり多い。

絶対に加工だ!とあえて言わないのは、万が一にも万が一、制作側の涙ぐましい努力で完全再現した可能性があるからだ。

その点は裁判を起こせば明らかになることだろうが…

パロディ系はタブーとなるか

過去には紋舞らんが松浦亜弥に顔が似てたために、松浦亜弥にかなり寄せたAVが発売されたことがある。

よく松浦亜弥も事務所も何も言わなかったなというくらい、瓜二つ。

当時は知る人ぞ知る存在だっただけに、何作品も出せた時点でそのやり口は成功だったと言える。

しかし、今の時代、パロディ系はウケないだろう。

よほど完全再現するなら別だが、相当お金もかかるので、そこまでやるだろうかとは感じる。

今回は、写真の加工を巡る話だ。

パロディ云々の話とは少し異なるが、今回の件を受けてリスキーな演出方法だと思うメーカーがあってもおかしくない。

個人的には法的にどうなのかという興味がある。

そして、AVに対する嫌悪感がこの一件でかなり表面化しており、相当な影響が生じることは間違いない。

追記

7月22日、園田彩乃は問題となったAVが削除されたことをXで報告した。

実際に園田茉莉華のページを見ても、AVは削除されている。

パッケージだけを変えて売る場合、AV新法上、また色々空白期間を置かないといけないのかは気になるところ。

園田茉莉華にすればたまったものではないが、レビューではまずまず好評だったようで、名前を変えて、お騒がせ女優みたいな感じで急場をしのいでもよさそうではある。

園田彩乃はあくまでも写真を咎めたわけで、園田茉莉華に対してどうこうは思っていないだろう。

制作側はいささか不用意すぎたとしか言いようがない。


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