違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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ミリオネアの750万円とMリーグの「2着死守」。神の視点に居座り、当事者の「期待値」を笑う人々の傲慢について。


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クイズミリオネアの最高賞金は、日本だと15問目が1000万円で、14問目が750万円。アメリカ版の100万ドル、イギリス版の100万ポンドと比べれば、日本の賞金スケールは以前から小さいと言われてきた。

そもそも日本の1000万円は5人1組で1人200万円という扱いであり、民放連の自主規制もあって税金も引かれる。そう思うと、750万円を獲得した後に1000万円にチャレンジするのは、全く割に合わない。650万円を失ってまで、わずか250万円の上積みを狙うのはおかしな話だ。だからドロップアウトを「逃げ」と感じる人は、自ら責任者となった時に真っ先に他人のせいにしちゃう人だと私は思う。

この話は、Mリーグにおける「2着死守」の場面にも通じている。5月16日の第1試合でサクラナイツの渋川難波がリスクを負わずに降りて2着を守りに行った際、「エンタメなんだから狙えよ」という声が上がった。だが、放銃すればどこまで落ちるか分からない中で、たとえ親番でも涙を呑んで降りたのは当然の判断だ。

なぜ外野が適当なことを言えるのか。それは視聴者が「テンパイを取りにいっても放銃しない」と答えがわかっている「神目線」にいるからだ。しかし、プレイヤーは神ではない。我々は自分目線でしか生活できない。神目線で色んなものが見れたら事件事故も防げるだろうが、現実はそうではないのだ。

ミリオネアで750万円のドロップアウトに対し、さも腰抜けかのような言葉をぶつけられる人は、自らを神とでも勘違いしているのかもしれない。そういう人間に限って、当事者になれば腰抜けになるだろうし、そもそもそのステージにすら立てないはずだ。

麻雀はパチスロと似ている。立派なパチプロであっても、設定をつかんでも、ヒキがダメなら負ける。逆に設定1でもフリーズを引けば勝つ。激しめの上振れと下振れを常に経験し、一喜一憂するのが我々の日常だ。パチンコパチスロの確率が収束するには途方もないゲーム数が必要だが、我々はそれだけ回せないので、結果にとやかく言うのがアホくさく感じる。

赤坂ドリブンズの園田賢が、運に関する話を理屈的に語っていたのが個人的には納得がいった。下振れを引き続けているだけで、いつか上振れを引き続ける時が来る。そう思うからこそ、思い切って穴馬を狙えるようになる。上振れを引き続ける時が来るのを願って、ひたすら勝負を重ねる。そんなことを、あの一件の水原一平も思っていたのかもしれない。


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