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ウマ娘とのリアルな思い出を振り返る②ハルウララ


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ハルウララが話題を集めた時は高校生だった。

100連敗をする前に話題になり始めた記憶があるが、100連敗をすると今度は黒船賞の日に武豊を乗せようという動きを見せていく。

当時のサラブレに、ドバイワールドカップで勝つ馬もハルウララも同じ時速60キロ台で走っているみたいなことが書いてあった。

同じ時速60キロ台でもえらい違いなのだが、わずか数キロの差でこうも違うんだなと当時は純粋だったので、確かに!と思っていた。

 

何がすごいって、黒船賞の次のレース、武豊とコンビを組んで出走した際、ラジオで生中継があり、実況があったことだ。

ニッポン放送が生中継をしていた記憶があるが、現在の高知競馬ですらそんなことは起こりえない。

関西ではちちんぷいぷいが生放送を行い、高視聴率をマークした。

売上も凄まじく、下級条件のレースで5億円も馬券が売れた。

そのうち、ハルウララ単勝だけで1億円オーバー。

「命より大事な金」で1回も買ったことのない馬の単勝を買うという異常事態。

冷徹に見ていたファンたちはこの1億円をボーナスのように捉え、普通に別の馬の単勝を買ったこともあり、単勝はそんなにハネなかった記憶がある。

しかし、100連敗以上する馬がこれだけの奇跡を起こした。

この後、ハルウララは打ち出の小槌のごとく、出ることになるが、不思議なのは武豊以降、意外と着順が良くなったこと。

久しぶりに2着があるなど、もしかして勝っちゃうのでは?という流れにもなった。

そんなハルウララが姿を消すのは、しばらくしてからだ。

馬主の女性がハルウララを高知から引き上げてしまったのだ。

自分たちで管理すると言わんばかりに、結局そのまま引退してしまう。

 

ハルウララ競馬ファンからすれば「ネタ馬」のように扱われるところがある。

しかし、高知競馬からすれば「高知を救った名馬」であることは間違いない。

ハルウララが出てきた時期、あと1回赤字になれば廃止という状況だった高知競馬。

ハルウララが登場したことでその命は数年延びることになる。

ハルウララが生み出した貯金は尽き、そこから本来整備に使うための基金を緊急的に使い始め、2009年にナイター競馬に切り替えた。

それでもしばらくはギリギリの状態が続く中で、ネット投票の文化が浸透し、高知は息を吹き返した。

ハルウララがいなければ、福山競馬や荒尾競馬より先に廃止していたかもしれない。

 

ウマ娘におけるハルウララはとても明るいキャラだが、あの明るさで1万5000人を収容できる高知競馬場に、1万3000人を集めさせた。

負けることで人気を集める手法に怒りすらあった武豊の考えを改めさせるくらい、ハルウララのキャラが奇跡を起こした。

ウマ娘では有馬記念で勝たせることが1つの奇跡のようになっているが、実際のハルウララが起こした奇跡は1つの競馬場、そこに携わる人々を救ったのだ。

これこそが奇跡であり、これこそがドラマである。


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