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選挙を巡る鈴木紗理奈や田村淳の発言に思うこと


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東京15区の補選に関する話題が、色々とあり、今年の東京都知事選はどうなるのだろうと誰しもが不安に感じる展開となった。

ただでさえ東京都知事選はカオスになるし、なんじゃそりゃみたいなことが起こる。

今回も1人の候補者が、公職選挙法の範囲内でできる限りのことを行っていた。

本来できる限りのことといえば、人海戦術で政策を訴えて回るとか、自転車で選挙区を巡るとか色々あるが、「それが許されんの?」という暴れ方を見せた。

本人たちは正当な行為と思って行動し、世間一般では選挙妨害とみなす人が大多数。

そんな中で鈴木紗理奈は、選挙妨害と断罪はせず、一定の理解を示した。

鈴木紗理奈の主張に対し、選挙期間中、散々な目に遭わされてきた候補者の1人がこの発言に嚙みついた。

噛みつくのも無理はない。

散々な目に遭わされた側の立場からすれば、演説らしい演説をさせてもらえず、ゲリラ的な演説しかできない状況に追い込まれた。

「あんたに何が分かるわけ?」と鈴木紗理奈に言いたくなるのはある意味では当然である。

鈴木紗理奈はゴゴスマやサンデージャポンでよく見かけるが、感情100%な意見を専売特許にした人。

政治ネタの場合、感情100%な意見では丁半どちらかの結果しか生まない。

無論うまくいくときもあるが、うまくいかない時は悲惨なことになる。

出入りは激しいが、トータルでプラマイゼロ、もしくは若干マイナスかぐらいのイメージ。

「よくぞ言ってくれた!」もあるし、「何言ってんだこの野郎!」もある。

鈴木紗理奈はそういう役回りの人で、勉強なんぞ一切しないし、現場レベルでは勉強なんかしなくていいと思っているかもしれない。

今回炎上したところで、歯を食いしばるのみで、燃え盛る火がありつつ、通常営業を続けるだろう。

政治ネタを扱うのであれば、「まだ誰のものでもありません」ぐらいにフラットなポジションを示さないといけない。

井上咲楽みたいに、ネット受けしそうなポジションを見つけて、ネット受けしそうな発言をしていくのもある種コツの1つだろう。

それができないとなれば、歯を食いしばっていくしかない。

 

一方、田村淳の場合は、ワイドナショーにおいて、例の選挙活動に対して、苦言を呈した。

フライデーの記事では吐き捨てたという表現になっているが、記事を読む限りは苦言よりも吐き捨てたということになるかもしれない。

これに当該陣営が怒り狂い、田村淳の自宅前で抗議する事態に発展する。

田村淳からすれば、想定外だったかもしれない。

奥さんや子供が巻き込まれかねない状況はきついと思う。

抗議をすれば逆上する、弱い部分を見せれば勢いがつく、そんなところではないか。

とはいえ、フライデーの記事に書かれている、直接対決をしてもらった方が…というのはフジテレビからすればあり得ない。

以前東京都知事選において、既存政党から推薦を受けた候補者に限ってテレビ出演をさせたことに、一部の候補者たちがフジテレビに抗議する一件があった。

それでもフジテレビは折れることはなかった。

その当時であの対応なのだから、そりゃ直接対決なんかできないだろう。

田村淳の発言自体はいかにも言いそうなことである。

政策論争などで政治と向き合いたい、ディベートしたいという気持ちが強い人なので、どうみてもそれができなさそうな人には攻撃的になりやすい。

さすがに自宅への凸はたまらんと、アベプラあたりに出演してもらって、ひろゆきなどを配置した上で論争に挑む手はありそうだ。

 

選挙が数百万円を出して自由なパフォーマンスを行う場になっている。

かといって、それを否定する根拠を見出し、法律にしていくのはなかなか大変である。

何をしてもいいのか!とは一切思わないが、恣意的な運用を許してしまうと、結局許した側ものちに予期せぬロジックで苦しめられることになりかねない。

自由は秩序があって成り立つものであって、無秩序な空間では自由を捨てたくなる。

これは自由にやらせろ、これは自由にやらせるなと選別するのは不可能である。

だから、都知事選はカオスな状況が展開されていくかもしれない。

選挙忌避ムードが頂点に達し、選挙嫌いの日本人が大量発生しても全く驚かないだろう。

そうなりかねないという危機感を政治家は持つべきではないだろうか。


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