違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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田代まさしと「田代砲」の時代。立ち回りの天才が堕ちた、20年という歳月の変化と依存の解剖。


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田代まさしが街録チャンネルに出ていたので前編・後編と見た。


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YouTube「街録チャンネル」に田代まさしが登場した。前後編を観終えて今、私はかつての「マーシー」という稀代のタレントが持っていた凄みを再確認している。

田代まさしは、とにかく「空気が読める」立ち回りの天才だった。ダジャレ一つを成立させるためにマネージャーを買い出しに走らせるストイックさ。仕切り(ツッコミ)をこなしながら、自らも壊しにかかる大ボケを放つ。志村けんを筆頭にあらゆる大物から重用された理由は、その変幻自在なスタイルにあった。

衝撃的なのは「ミニにタコ」事件からもう20年以上が経過したという事実だ。当時は盗撮で謹慎しても半年で復帰でき、あろうことか『めちゃイケ』でカメラを奪ってメンバーを追い回す演出さえ許されていた。21世紀に入って間もない頃の、今では信じられないほど寛容で、どこか狂った時代である。

2ちゃんねるが仕掛けた「田代砲」。米タイム誌の顔に彼を選ぼうとし、ビンラディンを抑えて1位になった伝説。それは予定調和を嫌うネット民が放った、史上最大の悪ふざけだった。

「田代砲」という言葉は、今やDoS攻撃のスクリプト名として語り継がれている。犯罪をやらかした本人の元ネタを知らぬ世代にまで、その名が「兵器」として刻まれているのは、芸能史においても稀有な例だろう。爆笑問題の太田光が正月の生放送で「マーシー元気?」とブッ込んでいたあの緊張感こそが、当時の茶の間の体温だった。

街録chで語られる更生への道は険しい。一度手を出せば、闘いは死ぬまで続く。周囲が手を差し伸べなければ、生きるために反社の仕事を受け、再犯へ傾いていく――これは彼一人だけの問題ではない構造的な闇だ。

それでも、彼の周りには今も支援者がいる。自ら「MARCY'S おくすり手帳」を発売してしまうブラックジョークのセンスは健在だ。亡き志村けんの横顔を、あそこまで深く語れる語り部としての価値は、唯一無二と言っていい。

とにかく、もうこのまま無事でいてほしい。立ち回りの天才が見せる最後の矜持は、もがきながらも生き続ける、その姿そのものにあるのだから。


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