将棋における大逆転は、時間に追われて悪手を指すからで、時間さえあれば勝負手であってもしっかりと見極めてワナにハマらない。
自分はヘボ将棋ながら多少指しつつも、いわゆる観る将を長くしてきたが、なぜ大逆転が生まれるか、それは相手への過度なリスペクトである。
羽生善治会長も藤井聡太竜王名人も過度に相手からリスペクトをされ、この人は間違えないだろうと強く思われている。
要するに今回の村田顕弘六段はポーカーのブラフに引っかかったようなものだ。
そう書くと村田顕弘六段へのリスペクトに欠けた感じに見えるが、いつぞやの電王戦の大盤解説で、どちらかの対局者がびっくりするような手を指した時に慌てふためいていた印象があるので、昨日見ていても逆転されるだろうなと思っていた。
時間の余裕があり、藤井聡太竜王名人の残り時間がかなり少なかった中で長考したのがまず良くなかったと自分なんかは思ってしまう。
だからといってパパッと指したら良くないのも分かるが、素人目には悩む場面だったのだろうかと思った。
ただ藤井聡太竜王名人も羽生善治会長も、そして、タイトルをゲットする棋士全員に言えるのは、相手にとって嫌な手をどんな状況でも指そうとする点にある。
時間さえあれば対処できることも時間がなければ慌ててしまう。
それが将棋の恐ろしいところだが、一線級の棋士はこの勝負手がうまいし、相手もそのブラフに飲まれてしまう。
一方で、普通の棋士が勝負手を放っても、そのブラフは一蹴されやすい。
そこが棋士が持つ信用であり、この人、平気でやらかすもんなぁと心のどこかで思われているから、ブラフをブラフとして扱われる。
ポーカーもそうだが、結局はブラフとオールインの仕掛けどころに過ぎない。
そして、平静を装いながらブラフとオールインを行うのは、相手から嫌であり、厄介である。
以前ボートレーサーの方が、記念級レーサーは相手の嫌なところを走ろうとするとおっしゃっていたが、結局相手の嫌なことをし続けられるかがポイントなのだ。
この場合の相手の嫌がることは嫌がらせの類ではない。
相手に、厄介だなぁと嫌な予感を感じさせることができればいいのだ。
野球で例えるなら、ペイペイドーム、9回裏同点の場面でノーアウト一塁で周東が出てくるようなもので、盗塁されて、進塁打を打たれたらもうサヨナラの危機。
厄介だなぁと思わせられるカードがあるチームは強い。
その点、横浜にはそれがない。
大魔神のように出てきたら9回はおしまいだから、8回で逆転しようという気を起こせていないわけで。
藤井聡太竜王名人は勝負手、ブラフがうまく、それを活用できている。
これが村田顕弘六段ではなく、A級棋士ではどうだったかとみると微妙である。
中盤では案外崩れることもあるが、終盤は間違えない。
A級棋士たちは終盤でひっくり返して勝ち上がってきた人ばかり。
序盤中盤でいかにリードできるか、そこの勝負になる。
藤井聡太竜王名人に勝つには序盤中盤でリードを奪えるか、そして時間を確保できるか。
そして、過度なリスペクトをせず、誰であっても同じように対処できるか。
過度なリスペクトは畏れから来るものであり、リスペクトなようでリスペクトではない。
過度に反応すると勝てるものも勝てなくなる。
そんなことを感じさせる対局だった。