笑っていいとものテレフォンショッキングに島谷ひとみが出たことがあったが、その時の紹介が「カバーの女王」だった。
それは誉め言葉なのだろうかと疑問に思ったが、意外にもカバーの女王の異名は色んなアーティストに与えられている。
分かりやすいところでは「May J.」、少し前では「BENI」、カバーの女王で検索をかけて1ページ目に出てきた中だと「武田レイナ」もいる。
武田レイナは今回初めて知ったが、他2人や島谷ひとみに共通するのはカバーでない曲でそこまでパッとしていない点である。
島谷ひとみにもいい曲はあるし、BENIよりも安良城紅の方が印象が強く、何もなかったわけではない。
しかし、カバー曲の方が結果は出たという点は揺るがないだろう。
なぜ「カバーの女王」で冒頭の文章を書いたかといえば、先日記事にした檜山沙耶に対し、「弱者男性の姫」という異名がついており、これは誉め言葉なのだろうかと思ったからである。
ちなみにこれを書いているのは7月8日、ウェザーニュースのファンミーティング当日である。
決してお通夜な感じではないようで、バレちまったもんは仕方ねぇな!ぐらいの開き直りもあるのかもしれない。
しかし、オタサーの姫はよく聞くが、「弱者男性の姫」は今回初めて聞いた。
弱者男性の救世主ならば、かなり譲ることにはなるが、まだ許せる部分はある。
弱者男性の姫はどうだろう。
どんなジャンルでも姫でいられるのはいいことだ、そんな表現もできるかもしれないが。
まぁネットで勝手に言われているものだから、本人が堂々と弱者男性の姫を名乗っているわけではない。
しかし、週刊誌がこんな記事を出した。
記事になると、この人「弱者男性の姫」って言われていたのか…と世間に思われるので、変なレッテルが貼られてしまう。
ボランティア精神にあふれた人に思われればいいが、弱者男性から搾取している人に思われれば余計に大変である。
今回、弱者男性の姫と書かれていたので色々、これまでの弱者男性の姫って誰だっただろうかと振り返ってみたい。
弱者男性の救世主だとオカズ要素が入ってくるので、たぶんグラビアアイドルとかAV女優とかではない。
自分がパッと浮かんだのは新垣結衣だが、これは自分の好みでしかない。
とはいえ、逃げ恥の時はまさに弱者男性に寄り添うようなキャラだった。
今も独身だったら、新垣結衣は元祖弱者男性の姫だったのだろうか。
あなたにとっての姫は誰ですか?という質問をしつつ、同時に年収の質問をしてカテゴリー別で見れば恐らく弱者男性の姫がクローズアップされてくるだろう。
自分も弱者男性だが、自分にとっての姫って実は存在しない。
学生時代はオカズといえば麻美ゆまぐらいに思っていたが、大人になると誰かを熱心に応援すること自体がなくなる。
だから、お世辞でも皮肉でもなく、誰かを熱心に応援できる男性はすごいと思う。
一時期は熱心に応援できても、自分は必ず飽きが出てくるので、一定の距離を置くようになる。
そう思うと自分なんかは弱者男性の中でもさらに下等なのかもしれない。
だから、檜山沙耶が西岡良仁と付き合っていたと聞いたところで、そりゃそうだろうという感想しかなかった。
しかし、週刊女性の記事を見てるとWikipediaでも見てれば書けそうな記事である。