競馬とボート、パチンコパチスロをダラダラやる男のブログというタイトルだが、今年に入って実はボートもパチンコパチスロもほぼやっていない。
昨年まではそれなりにやっていたのだが、急にやらなくなった。
理由は色々とある。
1つは環境が若干変化し、ガッツリとパチンコパチスロをやる機会が減ったこと。
そして、競馬の賭け額以上にボートで簡単に賭けていることに違和感が強まってきたこと。
パチンコパチスロをやってる周囲の人を見た時、この人たち何してるんだろうと我に返ったこと。
最も大きいのは、昨年12月に同窓会があった際、同級生の女性に「ギャンブルやめたら?」と言われたこと。
世間一般からすれば、1円でも賭ければ、競馬がどれだけ文化的に必要なものかを主張したところでバクチなんだろうなと感じた。
理由を付けてギャンブルを正当化してるだけじゃね?と世間一般は思うのだろう。
宝くじはどうなんだ!と思うが、それは夢を買ってるわけでギャンブルではないというのだろう。
あんたらが遊園地で金を落とすのと変わらんと反論したくなったが、おそらく、生産性の有無を持ち出されるだろう。
色々重なった結果、「まぁ毎週の競馬を、レースを絞ってやりますか」という結論が自分の中で出た。
ボートに関しては本場だけでやるというのを決めて、今年は1円も買っていない。
とはいえ、ボートの配信、パチンコパチスロの動画などは今まで通り見ている。
幸いスマスロを遠ざけ、サッとジャグラーを打つぐらいでも抵抗ゼロの体となっていたので、面白いコンテンツとして見ていられる。
ただ、いかんせん興味は薄くなっている。
そりゃ6.0号機とか6.1号機とか、そういう誰も寄り付かないような台で遊んでた人だから、まぁそうなのだが。
ダイタク大や令和ロマンのくるまなどがオンラインカジノに手を出したという疑惑が出ている。
取り調べで認めているようだが、ダイタクはチャンスの時間でベトナムのカジノでパチンコパチスロにチャレンジし、令和ロマンはみんなのKEIBAでびっくりするような賭け方をしていた。
ベトナムにある超高レートのパチスロは、動画で結構出回っているが、なかなか微妙なラインの様子。
韓国で遊べるものとは意味合いが異なるので、今後何かしら問題が出てくるかもしれない。
どれだけの広まりを見せるかはかなり怪しいところだが、少なくとも今年1年はどんなニュースがあっても驚かない。
それくらい見えないところでやっている人がいてもおかしくはない話だ。
ちなみに自分は、性格的にのめり込むタイプで、負けたら熱くなるタイプなのを自覚しているほか、元来ケチで臆病なので、絶対に手を出すつもりはない。
ブックメーカーなどは少額でもやりたいと思うものの、海外のサイトに対する恐怖心が強く、カード番号の入力も含めて、手を出す気にならない。
そもそも出金できるかすら怪しく、そこへの信頼感が感じられないのも大きい。
あと、子どもの時からメダルゲームで遊んだり、麻雀アプリのMJにあるカジノで結局すってんてんになって麻雀が打てなくなったりした経験をしておいてよかったと思う。
未成年の時に、ありとあらゆる経験をしたせいか、年齢を重ねると同年代が目覚めたり興じたりするのを、かなりドライに見るようになっている。
当たり前だが、薬物とオンラインカジノには絶対手を出さない。
これは強い意思を持って断言したい。
一時期、大麻由来の成分を使った商品が宣伝され、「へ~いいなぁ~」と思っていたが、結局その後きな臭い展開を見せていった。
それって大丈夫なの?というものは、得てしてアウトになっていく。
大昔とはいえ、覚せい剤ですら、ヒロポンとして一時期普通に買えてた時代があったというのだから驚愕する。
オンラインカジノも結局そういう末路を辿った。
警察もどうにかして立件しようと考え、色々策を練った結果、立件までの手法を確立できたのだろう。
今後もソープランドだって、どうなるか分かったものではない。
今まであやふやにしてきたものを、はっきりと白黒をつける時代になっていくとすれば、グレーは黒として認識すべきなのだろう。
その点、自分も認識が甘いジャンルがあるかもしれないので、実はえらいことに…というのもあるんじゃないかと不安を感じる。
不安を感じないためには、怪しい物には一切手を出さず、ホワイト路線を歩み続けるしかない。
何事も正直に。
そう思うと、日本人が大切にしてきた美徳を徹底すれば、何も怖がることはないのだろうと思う。
美徳とは無縁だった自分が、今から美徳を追求できるのかは微妙なところだが、これからの時代、自分の身を守るのは美徳である。
汗水たらして働くとか、ご飯はご飯粒までちゃんと食べるとか。
そういうことを考えていれば、ボートもパチンコパチスロも手は出さなくなる。
競馬が本当の趣味なんだなぁというのを、なんだかんだ感じた次第だ。