違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


スポンサーリンク

西山朋佳はなぜプロ入りを保留しているのか|白玲5期と4つの壁

スポンサーリンク

西山朋佳の女性初棋士資格とは(概要)

2026年10月、西山朋佳が白玲戦の防衛で通算5期となり、将棋界で初めて女性が棋士資格を獲得した。白玲通算5期で棋士編入試験を経ずに棋士になれる新規定の、初めての適用である。ただし本人は権利行使を保留している。女流棋戦での実績のみでプロ入りを認める是非、フリークラス入りによる収入減、女流棋戦との併用の過酷さ、そして産休を巡る未整備の問題。本記事では4つの壁を整理した上で、それでもプロ入りしてほしいと考える理由を、将棋界が前例を作ってきた歴史から書く。

aroaukun.hatenablog.com

2年近く前に当時女流三冠だった西山朋佳女流四冠について書いた。プロ編入試験で不合格に終わったことについて書いたが、三段リーグと編入試験においてあと1勝まで迫ったことや次点に泣いた三段リーグ、最終戦で負けた相手について記している。

柵木幹太四段もいずれはフリークラスを脱出する。

そして、今回の経験を踏まえて飛躍を願いたいと心から思う。

三段リーグにおいて順位差で西山朋佳女流四冠を次点に押し込んだ服部慎一郎七段は現在竜王戦の挑戦者として藤井聡太竜王に挑んでいる。そして、プロ編入試験の最終戦で勝利した柵木幹太五段は、あっさりフリークラスを脱出し、今年の竜王戦挑戦者決定戦では服部慎一郎七段と対戦。要するに西山朋佳女流四冠のプロ入りを阻んだ2人が今年の竜王戦の挑戦者争いをしていたのだ。

最初にこのことを記した上で、本題に入っていきたい。

女性初の棋士への道は開かれたが…

2021年度から始まったヒューリック杯白玲戦は女流棋士版順位戦として機能しており、優勝すれば特別な賞金と合わせて5000万円と女流棋戦では破格の賞金額。この白玲戦で西山朋佳女流四冠は5回優勝し、クイーン白玲となった。5回優勝することの大きな特典は、棋士編入試験を経ることなく棋士になれること。

先日のタイトル防衛をもって西山朋佳女流四冠はプロ入りの資格を得たことになる。女性初のプロ棋士、本来なら快挙も快挙なのだが、世間一般ではこのルートでのプロ入りに疑問の声があがるほか、このルートならではの問題点が浮かび上がっている。

まず女流棋戦での実績のみをもってプロ入りを認めることの是非である。要するに女流の中で抜きんでていたとしても棋力的にやっていけるの?通用するの?という疑問。例えば編入試験であれば、試験管となるのはプロ入りしたばかりの四段で、このプロたちに勝つということは一定の棋力があると判断される。

今後奨励会にも入らず、女流棋戦だけに出てクイーン白玲となる人が出てきた時に、その人にもプロ入りの資格を認めるのかという懸念がある。

これに関してはクイーン白玲のほか、プロ編入試験を受けられる基準を過去に満たしたことがあるのを条件とすればいい。プロ編入試験の基準は基本的に「いいとこ取りで10勝以上かつ6割5分以上の勝率」だが、他にもタイトル戦の本戦ベスト8なども条件となる。これらを満たした時点で一定の棋力があることは明白で、まぐれで勝ち上がれるものではない。

元々クイーン白玲でプロ入りの資格を与えるのは、西山朋佳女流四冠と福間香奈女流四冠を想定したものとされている。この2人以外にプロ編入試験の資格をクリアできそうな女流はまだ出てきていない。片鱗を見せる女流プロはチラホラといるが、現状基準を満たせるほどの人はいない。

またクイーン白玲で資格を与えるのは棋士総会で決まったことである。ちなみに編入試験の資格を3回獲得したアマチュアや女流プロにもプロ入りの資格を与えるという案が出された際には否決されている。棋士総会で決まった以上、それをひっくり返そうとするのは個人的には見識を疑う。

悪法もまた法なりではないが、ルールとして存在する以上、それを否定する言動は法治国家そのものを否定するようなものだ。ましてまだ「悪法」かどうかもわからない。なぜなら今回が初のことで、フリークラスを脱出できるかどうかの結論が出るのは少なくとも10年先となる。

女流棋戦との併用は酷

一般的にプロ棋士は順位戦でのクラスが収入に大きな影響を与える。棋士の収入はクラスで変化し、A級を100とすれば、クラスが下がるごとに7掛けなので、B級1組で70、B級2組で49とこの時点でA級の半分しかもらえない。C級2組ともなればA級の2割前後、フリークラスは順位戦に出られないので、さらに収入は減ってしまう。

順位戦がない分、フリークラスはスケジュール的に余裕があり、多くのフリークラス棋士は普及活動などを行って生計を立てる。西山朋佳女流四冠の場合、フリークラス入りをしても女流棋戦との併用はできるといえばできる。ただ相当過酷なことになりそうだ。

例えば、「プロ入りをするので女流棋戦から足を洗います」と宣言し、白玲戦などを辞退したとする。その場合、タイトル戦に大きな影響を与えるほか、収入にも大きな影響を与える。白玲戦レベルの賞金はプロの八大タイトルの中でも名人戦・竜王戦、ヒューリックがスポンサーを務める棋聖戦ぐらい。かといって白玲戦だけ出るというのも他のタイトル戦に失礼でしかなく、すべてに出るか一切出ないかの選択を迫られる。

タイトルのあるものだけ出るというのも手だろうが、それでどれだけの理解を得られるかどうかである。そもそもフリークラスに入ったとて10年以内に脱出しなければ引退に追い込まれる。

そのあたりの判断も、西山朋佳女流四冠の迷いにつながっていると言える。女流棋戦で活動しているうちは1000万以上の年収はほぼ確実だろう。男性棋戦のみで1000万以上の年収を稼ぐのは至難の業だ。

何より女流棋戦との併用は超過密スケジュールを意味する。どこかでぶっ壊れても何ら不思議ではない。金銭面や義理などを度外視できるのであれば、女流棋戦への参加を一時的に凍結するのが最も合理的と言える。ただ度外視できないからこそ、大いに悩むのである。

女性ならではの産休を巡る問題

少し前に大きな問題となったのは、女流棋士の産休問題である。今までも産休で休む女流棋士は数多くいたが、この時問題視されたのは福間香奈女流四冠が、1人目を出産する状況で2つの棋戦の不戦敗を余儀なくされたこと。いずれの棋戦は挑戦者として戦っており、「体調不良」として不戦敗にさせられた。

福間香奈女流四冠は異議を唱え、検討委員会が立ち上がる騒動にまで発展する。最終答申こそ出されたが、現状では完璧なものにはなっておらず、制度化にはまだまだ時間がかかる。この状況で西山朋佳女流四冠がプロ入りをしたとして、いずれ同じ問題が浮上する可能性が出てくる。

男性プロであれば、育休を認めるか、奥さんの出産の立ち会いのためにタイトル戦を延期するかといった話にもなる。このあたりの整備が進んでいるとは言い難く、何か事が起きてから動くのが現状。そのたびにニュースとなり、将棋連盟は旧態依然とした組織かのように見えてしまう。

どんな手を使ってでも最初の女性棋士になってもらうことの大切さ

将棋の世界は時折大きな変革がなされている。今でこそ三段リーグが存在するも、以前は奨励会の例会でいいとこ取りで一定の勝ち星をマークすれば昇段できたほか、東西の三段リーグのチャンピオンが対戦し、優勝した方が四段になれるケースもあった。常に決まったルールの中で動いてきたわけではない。

三段リーグの次点を巡っても次点2回でフリークラス編入というルールも最初からあったわけではなく、そのせいで本来ならプロになれていた今泉健司がプロになれず、10年ほどの遠回りを余儀なくされた。また次点の条件も改定され、プロ棋戦で一定の成績を収めれば次点が与えられている。

元々のプロ編入試験も、元奨励会員でアマチュアとしてプロ棋戦で勝ちまくった瀬川晶司のプロ入りを求める声が高まったために設けられた。前例がない中で何とかして前例を生み出してきたのが将棋連盟である。

今回の件も同様で、言ってしまえば西山朋佳女流四冠をプロにさせるために作られたといっても過言ではない。ルール化されていない中、特例でプロにさせるのと、ルール化された状態でプロにさせるのでは意味が違う。後者である以上、本来とやかく言うことではない。あとは収入や日程、体調、女性ならではの産休を巡る問題などを総合的に、西山朋佳女流四冠本人が判断すべきことだ。

ただ個人的には、プロ入りしてほしいと願う。産みの苦しみという言葉があるが、1人でも入れば後に続く人は出てくる。日本人の100メートル9秒台も、あれほど9秒台の選手が出るのに時間がかかった中、今では4人いる。1つ勝つ、1人が出る、それだけで世界はガラッと変わるものだ。

正攻法でプロになってほしいと願う人も多いだろう。しかし、それは未来の人たちに期待すればいい。少子化で子供が減っていく中、女の子がプロ棋士を志す割合も減るかもしれない。ジョッキーベイビーズで優勝した小6の女の子(笠松渚さん)が、ジュウリョクピエロで勝利した今村聖奈騎手を憧れの人に挙げていた。活躍する女性を見て、女の子が憧れを持つ。将棋界でこの動きが強まれば、流れは大きく変わるだろう。


スポンサーリンク