フジテレビの27時間テレビは、ああいうことがあったので2025年は中止となった。
意地でも復活させるのだろうが、復活のさせ方が難しい。
復活させること自体は過去に経験しているが、休止期間の少し前も古き良き27時間テレビが失われていただけに、よく見ていた27時間テレビのテイストさえ出せば、視聴者は比較的見てもらえる。
ゆえに、ここ2回の27時間テレビは令和で最大限できることをやっていたように思う。
となると、明石家さんまのレンジローバーをビートたけしが破壊した「レンジローバー破壊事件」はもう令和で見られないのか。
結論から言えば、見られるはずもない。
まずバブル景気で浮かれていることを大前提とし、レンジローバーを壊しても笑ってもらえる人、レンジローバー好きも笑ってくれること、色々な雑音をテレビ局が無視することなど、色々乗り越えるべきものがある。
1991年はまだバブル景気の残り香があり、正直な話、浮かれていた印象を受ける。
結局、景気が悪いから人のアラを探すのであり、景気が良くて動けば金が入る時代に、人のアラを探す余裕はない。
アラを探して金になるのはごく一部で、黙って働いていた方が金になる。
そんな時代に、人様の悪口を言ってるのは今の時代よりもコスパが悪すぎる。
当時のナンシー関ぐらいまでいけばいざ知らず。
レンジローバーの価値は年々高まり、売りに出されればすぐに誰かが買いに行くような状況にある。
そんな中、レンジローバーで車庫入れをすると言い張り、ブロック塀に乗り上げるわぶつけるわ、ゴルフクラブで叩くわしたらどうだろうか。
あの時代でさえ場合によっては激怒していた人はいたように思う。
ましてSNS時代、激怒した人が「お気持ち表明」を行い、そこそこの賛同を得られるだろう。
そして、フジテレビが雑音を無視するだけの胆力はもうないように思う。
青井実アナのパワハラ問題が出てきたが、きっかけは文春の直撃取材だったという。
シブがき隊か青井実かぐらいの「ない」を連呼したものの、結局本人は謝罪している。
何より、レンジローバーを壊されて笑いが成立する人は今も昔も実は明石家さんまだけなのではないかと思う。
レンジローバーは91年から数年間、壊されていくのだが、本気で止めに行く様子は見受けられない。
2008年に明石家さんまと岡村隆史の車がビートたけしの手によって絵の具でペイントされたり、車に乗り込んで暴走したりする演出があったが、あれですら今は厳しいように思う。
2008年はTwitterが普及するかどうかの時代。
スマホも出たかどうか、パソコンがないとブログなどはできず、今みたいに法人用ノートパソコンの型落ちが安く手に入る時代でもない。
気軽に「お気持ち表明」ができない時代であり、あの時代までならまだ成立した可能性がある。
この数年後に、武田真治のサックスがお台場冒険王のイベントでシャワーとして用いられ泣いてしまうことがあり、そこそこ批判があった印象がある。
今の時代、大切にしているものを壊して茶化したらどえらい大炎上となる。
それは世知辛いのか、今までがクレイジーすぎるのか、個人的には後者だろうと思う。
この人がレンジローバーを破壊されたらどうだろうかというのは頭の中で考えている。
例えば、さらば青春の光の森田。
レンジローバーを乗り回している様子は五反田ガレージなどのYouTubeで見られるが、オールナイトフジコあたりで仮にレンジローバーを壊す下りがあったらどうなっていただろうか。
今の時代、ビートたけしが壊したらパワハラに思われる可能性が高く、だったら、立場の低い人の暴走がまだごまかせる。
女子大生のアイドルにちょっかいを出し、ブチギレた演技をしてもらい、めちゃくしちゃする、これなら昔のテレビっぽいか。
あとはラランドのニシダ。
ニシダは免許がなかったと思うが、移動のためにレンジローバーを買った場合、社長であるサーヤが何らかの理由をつけて破壊をしに行くというのは、あのYouTubeでの力関係を見ていれば成立しそう。
見てる人も、「ニシダは何をされても逆らってはいけない」ぐらいに思っていそうだ。
と、書いてきたが、もちろん実現不可能で、単なる与太話であり、本当にやったら自分は笑っていないように思う。
よくビジネスの世界で、「できないって決めつけるなよ!」と意識高い系が、自分に酔って周囲の人に罵声を浴びせるシーンを見る。
「レンジローバー破壊事件」を令和でやるなら誰なら成立する?というのも、「できないって決めつけるなよ!」と思っている人は意外といるはず。
ただ、世の中には、できないものはできないというものも存在する。
Amazonプライムで実際の車を使ってぶつけ合う番組が配信されていたが、さほど話題になっていない。
1991年あの時代を生きた人たちが見た夢、それがレンジローバー破壊事件だったのだろう。
寝ている間に見る夢は、再度見たくてももう見られない。
もう二度と見たくない夢ほど、事あるごとに見てしまう。
それが夢なのだろう。
色んな意味で夢から覚めて、現実を見なければならない時代になった。
今まさにフジテレビは夢から目覚めた時なのかもしれない。