日刊スポーツなど複数の新聞社が、無邪気に石橋貴明のがん公表動画の削除について記事にしているが、いくらページビュー稼ぎとはいえ、ちょっと外道ではないかと思う。
削除した理由として、コメント欄に誹謗中傷のコメントが殺到する可能性があるから一旦消したなど、色々想定できるが、コメント欄の一時停止や削除は可能である。
しかも、熱心な石橋貴明、もっと言えばとんねるずのファンが多く、本当に誹謗中傷のコメントでいっぱいになるかはわからない。
むしろがんの克服に向けて頑張ってほしいとコメントを残したい人も、今回の件で出てくるかもしれない。
先日、BS11で放送されている「無学鶴の間」が放送休止となり、笑福亭鶴瓶がスシローのイメージキャラクターから降ろされたのと関連があるのでは?と報道された。
実際は編成上の都合に過ぎなかった。
その1か月後にレギュラー放送が終了しているが、これが予定だったのかは定かではない。
放送休止になった!ということは?!とちょっとした騒ぎになったが、真実は違った。
今回の石橋貴明のがん公表動画の削除も、何か動画に不具合が見つかり、元々予定したタイミングで削除したものの、とんでもない偶然が重なって憶測を呼ぶ展開になった可能性も十分に考えられる。
さすがに、食道がんがウソだったは、飛躍が過ぎる。
健康上のことに関して、個人的には揶揄するべきではないと思っている。
もちろん人として外道になってしまうというのもある。
別の考えとして、真っ当な批判であっても、病気を持ち出すと、そのことを逆手に取られ有耶無耶にされる可能性がある。
今もその病気で苦しんでいる人からすれば、有名人が揶揄されていると、自分も揶揄されている気分になり、強い不快感を覚える。
特にSNSの時代となり、簡単に意見を言える時代となり、不快感を示しやすくなっている。
いずれ石橋貴明の件で、熱烈なファンだけでなく、食道がんを始めとするがんサバイバーの方やご家族の方などが何かしらの強い不快感を示していくように思う。
そうなると、昔のことじゃんとか、あの人はやりそうだし驚かないとか、カオスなことになりかねない。
恐怖体験をした側にすれば、10年経とうが20年経とうがトラウマとして残り続ける。
だから、昔のことだろうが、あの人はやりかねなかろうが、当人にとって関係ない。
でも、病気を揶揄するような報道を挟むと、本来被害者の当人に対して批判の矛先が向きかねない。
ネット上で、一般人が好き勝手に思ったことを言うのはもはや防ぎようがないし、注意したところで「言論の自由」を持ち出されて聞く耳を持ってくれない。
それをマスメディアが、ネットの声として取り上げるのは少し無邪気が過ぎる。
自分で取材したものを出すならいざ知らず、コタツ記事で出しちゃえというのは乱暴だろう。
少なくともコタツ記事で扱う題材ではない。
取材を要する話である。
センシティブな話題は、きわめて慎重に扱わなければならない。
にもかかわらず、Xなどの投稿をコピペするように記事にしちゃうのはどうだろうか。
テレビで放送されている内容を記事にまとめるのとは訳が違う。
報告書の内容の真偽まで取材で明らかにするのは難しいだろう。
しかしながら、なぜ動画を下げたのかなどの取材はできるはずである。
スポーツ紙の報道姿勢、特にコタツ記事系、固有名詞を伏せて抽象的なタイトルでビューを稼ぐやり口はいい加減糾弾されるべきだろう。
そもそも有名人ががん公表について嘘をついたケースを全く知らない。
もちろん家族を心配させないように嘘をつくケースはあるにせよ、世間一般に公表して、実は嘘でしたなんてことは、相当に罪が重い。
夫妻で日本一周をするYouTuberがいて、奥さんがすい臓がんになり、そのことで嘘だのなんだのと言われている様子。
先月、誹謗中傷した犯人との裁判が決着したそうで、別記事を読むと、犯人に関して、この手の誹謗中傷をする人ならではの人物像が浮かび上がる。
堀ちえみもがんサバイバーだが、誹謗中傷が多い様子で、こちらも記事になっていた。
ただでさえ、病気に関して嘘だのなんだのと言われる。
だからこそ、「一番嘘であってほしいと思ってるのは私自身」という言葉が突き刺さる。