違和感の解剖図:勝負事とエンタメの不都合な真実

競馬、ボート、Mリーグからテレビ批評まで。世間に漂う「建前」を剥ぎ取り、その裏に潜む違和感の正体をロジカルに解剖する。単なる感想を超えた、不都合な真実の記録。


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「深夜の自傷行為」を断ち切り、健康を手にした男の告白|相手を叱責することは「自慰行為」でしかない


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昨年、高血圧・高血糖で、数値的には重度の糖尿病レベルにあったが、現在は血圧も血糖値も正常値となり、糖尿病の治療薬がなくなって半年ぐらいになる。

思えば、治療前まで寝酒は当たり前、深夜にカップラーメンを食べたり、総菜を食ったり、やりたい放題だった。

加えて、炭酸ジュースを飲むなど、そりゃ健康を害するわけである。

とてもやさしい管理栄養士さんに丁寧な説明を受け、考えが改まった。

寝酒も深夜の食事も、自傷行為に等しいと思うようになり、寝酒はほぼしなくなった。

唯一寝酒のようなことになったのは、祖父の葬儀でホテルに泊まることになり、テンションが上がってついつい飲み過ぎた時ぐらいだ。

自宅において寝る前に飲むことは全くなくなった。

その結果、朝の目覚めもいいし、いびきもなくなったし、いいことだらけである。

叱責は自慰行為に過ぎない

深夜の飯テロを見て、全くうらやましいとは思わない。

むしろ、「血糖値が高くなって、下がり切らない中で翌朝食事をとるの?」と思うようになってしまった。

「オムライスを作って普通に食べてるけど、いつかえらいことになるよ?」と麻雀プロの配信を見て思うようになっている。

まぁ当人からすれば大きなお世話である。

家族にも、食事中に普通のコーラを飲む、食事後にお菓子を食べるというのがいるが、個人的には叱責したい。

なぜなら、「血糖値が高くてどうしましょう!」みたいなことを言っているからだ。

そこで、「馬鹿野郎!今すぐコーラやお菓子はやめろ!」と言ったところで、当人は余計なお世話としか思わない。

自分は難消化性デキシトリンやリンゴ酢、整腸剤を日課とし、20キロ以上痩せ、血圧も血糖値も正常値になった。

でも、今の状況を何とも思わない人に無理強いすることはしない。

なぜなら指摘に反発を覚え、否定されたような気分に相手が陥りやすいからだ。

結局、相手が真摯に受け止める段階まで指摘する側は我慢しないといけない。

それをせずして叱責したところで、それは叱責する側の自慰行為でしかない。

結局のところ、叱責する側の自慰行為が至る所で起きている。

単に叱責して悦に浸りたい奴があまりにも多すぎる。

それで反発されたら、「てめぇなんか消えちまえバーカ」と言わんばかりの態度で接するようになる。

性的衝動はあくまでも性的な行為で処理すればいいのに、自慰行為の気力すらなくなった人間が、説教や叱責という形で処理しようとしている。

「なんでてめぇのオカズに成り下がらなきゃいけねぇんだよ」という話である。

「死ねない」と思ったから選んだ健康

こういうポリシーがあるので、自分は真剣に、真摯に今の状況を改善したい人でない限りは自分のやり方は教えないようにしている。

事の重大さに気づかないと、寝酒を辞める、清涼飲料水は一切飲まないなどのことはできない。

我慢を強いられていると感じ、どこかで暴発してしまう。

自分は「まだ死ねない」と思ったので、低糖質の食事を心がけ、ジュースは一切飲まなくなった。

角砂糖が何個も入っているようなものを飲むなんて、自傷行為でしかない。

もちろん仕事的に深夜の帰宅を余儀なくされ、深夜に食べざるを得ない人もいる。

その人にとやかく言う権利は当然ないし、否定する気も一切ない。

体質的に寝酒をやろうが何か食べようが全く問題ないという人もいる。

単に自分は、肥満でいることに疑問を覚え、その結果、人生で最も健康な時期を過ごせている。

中性脂肪もコレステロールも肝臓の数値もすべてが正常値だ。

「健康であることは好き勝手に動けることを意味し、動けないことが嫌だと思った。」

太く短く生きる選択肢もうらやましいと思うが、現実味を帯びてからヒヨってしまった。

しかし、この1年で高校時代の友人と会う機会が一気に増え、交友関係が広がっている。

太く短く生きる選択肢をとっていたら出会えない人がいたのだ。

自分は健康を選べて運がよかったんだと思う。


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